蝉時雨の中で

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 ぼくは虫かごのフタを開けて、両手を上げて天に向かって虫かごを掲げた。蝉たちは激しい羽音を上げて一斉に外へと開放される。ぼくはお姉さんに問いかけた。 「あいつら、交尾の相手、見つけられるかな?」 「見つかると、いいんだけどね」 お姉さんの表情は先程と同じく儚くも悲しげなものだった。しかし、目は僅かに微笑んでいるように感じられた。 ぼくは自分のやったことに間違いがないと思い、ニッコリと微笑んだ。 こうしているうちに時間が流れ日差しが強くなってきたのか、だんだんと蒸し暑く感じるようになってきた。お姉さんはくるりとスカートをたなびかせながら踵を返す。その瞬間、ぼくの鼻腔に「女の子の香り」が入り心地よさを感じた。 「帰りが遅れると怒られるから、あたし帰るね」 お姉さんは小走りで駆けていく。ここで声をかけないと二度と会えなくなると思ったぼくは叫び呼び止める。 「お姉さん!」 お姉さんはぼくの声を聞いて足を止め、くるりと振り向いた。よかった、止まってくれた。ぼくは安堵しながらお姉さんに尋ねた。 「今度はいつ会えるかな?」 お姉さんは天を見上げ考える。出た答えは先程も言っていたことだった。 「お姉さん、朝の涼しい時にはこのあたりお散歩してるから」 「じゃ、お姉さん見つけたら声かけていい?」 「うん、あたしがお話出来る人って、おじいちゃんおばあちゃんしかいないから。あなたみたいな若い子と話が出来るの嬉しい」 お姉さんは春風のような爽やかな香りを残してぼくの前から姿を消した。 この日より、ぼくにとって楽しい夏休みが始まるのであった。
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