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ぼくは唐突に夏休みの宿題の読書感想文の本を読んでいなかったし、書いていなかったことを思い出した。読むべき本はぼくの家に忘れていた。この田舎にはみんなの悪友、小冊子の夏休みの友しか持ってきていない。それには読書感想文用の原稿用紙が挟まっていた。
ぼくは読書感想文を片付けることにした。
「お姉さん、本貸してもらっていい?」
「いきなりどうして?」
「夏休みの読書感想文まだやってないんだ。まだ本すらも読んでなくて。お婆ちゃん家にもぼくの読めそうな本がなくてさ」
「ああ、そういうことなら。どれにする?」
ぼくはサイドテーブルの上に積まれていた本を適当に一冊手に取った。手に取った本は源氏物語だった。社会の時間で名前も作者も聞いたことはあるけど内容までは知らない。
ぼくはあらすじで行を埋めようと考えてお姉さんに内容を聞いてみた。
「ねぇ、これどんな話?」
「あなたみたいな子供にはまだ早い話なんだけどね」
お姉さんだって子供じゃないか。ぼくはぷーとハムスターの頬袋のように頬を膨らませた。
「読書感想文で書くだけだから、軽いあらすじでいいよ」
「光源氏って言う貴族のお兄さんが京都の都中にいる女の人に会いにいくだけの話。これを何十回も繰り返すの」
今にして思うが、こんな雑な説明でも概ね間違ってない。途中で世代交代こそあるものの、やることは変わらない。当時のぼくは「やば、選択ミスしちゃったかな」と考えて困惑した顔だったはずだ。
「男の人が女の人に会いに行くだけのお話、でもね、会いに来てくれる人がいるだけ、あたしは羨ましいな」
「え?」
「ほら、あたしには誰にも会いに来てくれないし…… 今だったら窓際にやってくる蝉しかいないかな…… 光源氏みたいなカッコいい男の子とか、会いに来ないかなって」
「今、来てるじゃん」
「この、十年早いよ」
ちょっと口が過ぎたかな。ぼくは顔を真っ赤にして恥ずかしがった。照れ隠しつつ話を反らしながら「オススメ」を聞いてみることにした。読書感想文はお姉さんオススメの部分だけでいいやと考えたのだった。
「いっぱい女の人が出てくるんだよね。お姉さんは誰が好きなのかな?」
お姉さんは天井の照明を見ながら考えた。出てきた答えは……
「空蝉かな。三人目の女の人」
「どんな話?」
すると、お姉さんはぼくの頭をいいこいいこと撫でた。
「折角貸したんだから、読みなさい」
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