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Kが寝転んでしまって手持ち無沙汰な僕は、ちびちびと缶チューハイを飲みながら自分の仕事のことを考えていた。
毎日、大量の文章や絵を校閲している。
事実でないこと、実在しないことには赤い線を引いて修正する。
そうして社会的に認められない表現を削除していく。
そうすることで、世の中には正しい情報だけが出回るようになり、嘘やデマに騙される人は減っていく。
なにも悪いことなんてしていない。
社会のために世の中のためになることをしている。
でもなぜかいまは居心地が悪い。
著述家の中には、わざととしか思えないようなフィクションを混ぜてくる人がたまにいる。
そういうときは本人に直接注意する。
するとたいてい「筆が乗ってしまって…」なんて言い訳をするが、確かに悪意でやったというよりは、勢いで書いてしまっているようだ。
でもその著述をその場で修正してもらうとき、著述家は一瞬、恨みがましそうな目を僕に向ける。
僕にはその目が、さっきのビラにかかれていた異形の人間たちの目に重なるような気がした。
数十分ほど寝転んでいたKはのろのろと立ち上がり、再びパソコンモニターの前に座って、ビラの画像を調べ始めた。
読み取れる文字をメモ帳に写し、クロスワードパズルのように間を埋めようとしている。
僕は居心地の悪さを拭えないまま、Kの背中越しにモニターを眺める。
そろそろ帰ろうと机の周りを片付け始めると、Kが僕に声をかけた。
「なぁ、仕事は大変か?」
僕はなぜかまた責められているような気分になりながら、
「まぁいつもどおりだよ」と答えた。
「そっか、頑張れよ」
「ありがとう」
Kは一度もこちらを振り向かなかった。
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