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9月2日(土)
僕の部屋の郵便受けにあのビラが入っているのを見つけたのはその翌日だった。
目を覚まし、朝食を取り、ふと玄関ドアに備え付けの郵便受けを見ると、あの奇妙な生き物の絵がのぞいていた。
ぼんやりとした頭は一瞬で覚醒し、心臓がばくばくと高鳴った。
なにかの罠じゃないのかという気がしてドアの外を確認するが、人影はなく、いつもどおりの平和な朝の光景だった。
僕は慎重にビラを郵便受けから取り出し、それがKの部屋で見たあのビラであることを確認した。
「なんで……」
思わず声が漏れる。
スマホを取り出して110を押そうとするが途中で指が止まる。
警察になんていえばいいんだ?
このビラがテロリストのビラだってことを普通は知らないはずだ。
Kのところで見たと正直に言うか?そんな馬鹿な。
ビラを指先でつまみながら僕は逡巡していた。
ビラにはしわも汚れもなく、まるで印刷したての新品みたいに見えた。
迷ったあげく僕はKに通話をかけた。
10回、20回目のコールが鳴っても出ない。
まだ寝てるのだろうか。こんなときに。
僕は諦めてスマホを置き、ビラを持ったまま仰向けにベッドに寝転んだ。
羽と奇妙な手足とヘビの尻尾を持ったライオン、
8つの頭を持つヘビ、
炎を吐き空を飛ぶ巨大なトカゲ、
そして異形の人間たち、
しわのない状態であらためて見ると、それらの絵はとても美しく思えた。
獣の筋肉は力強く、巨大なトカゲのウロコはなめらかで、触ったときの感触まで想像できた。
なぜ実在しないはずの生物をここまで綿密に描けるのだろうか。
もしも森で、あるいは洞窟かどこかで、この生物とばったり出くわしてしまったらどうなるだろう。
僕は恐怖とともに恍惚を感じた。背筋がぞくぞくするような心の震えがあった。
もしこの絵を出版するとしたら……いや不可能だろう。
これほど現実離れした絵は、修正じゃどうしようもない。
そもそも元の写真も生物もこの世に実在しないんだ。
でもだったら、なにをもとにしてテロリストはこの絵を描いたんだ?
この絵はどこからどうやってあらわれてきたんだ?
頭がぐにゃぐにゃとしてきて、夢を見ているようにぼんやりとしてきた。
ふと小さい頃にスキーに行って、両親とはぐれてしまった時のことを思い出した。
周りに誰もいない林の中、座り込んで泣いていた僕は、吹雪の中を二本足で歩く毛むくじゃらのクマのようなものを見た。
足の先から顔まで白い毛に覆われたその生き物は、深い雪の上で巨大な身体をずしり、ずしりと進ませ、僕の目の前をゆっくり横切っていった。
僕はそのとき、その姿を見てなぜかとても安心した。少しも怖くなかった。むしろ守ってもらえているような気がしたんだ。
その後すぐにパトロールの人が僕を見つけてくれた。
僕は巨大なクマの話をしたが「クマなんてこの辺にはいないよ」と笑われてしまった。
そのとき僕は、家に帰ったらあのクマの絵を描こうと思ったんだ。でも帰った頃にはすっかり忘れていた。
どうしてか不意にそのことを思い出した。
ちょうどそのときスマホに着信があった。Kからだ。
僕は急いで身体を起こして通話に出る。
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