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少年時代
まだ小さい頃、ぼくが初めて自分の意志で絵を描いたとき、母は難しそうな顔をした。
それはヘタクソな母の似顔絵で、緑色のクレヨンで描いたせいで顔というよりはレタスかなにかに見えた。
母は「描いてくれてとーっても嬉しいよ。でもこういう絵は描いちゃいけないの。もう二度と描いちゃ駄目よ」と幼いぼくに言った。
その絵はすぐに母の部屋の洋服ダンスの中に隠し込まれ、僕が知るかぎり一度も取り出されることはなかった。
僕はそのあと少し大きくなってから、ライオンのタテガミが色んなかたちの剣になっている絵を描いた。
かっこよく描けたと思って壁に貼っていたら、父に取り上げられてしまった。
父は「なんでこんなものを描いたんだ?」と聞いた。
僕はかっこいいと思ったからだと答えた。
「いいか、お前は嘘を描いたんだ。嘘をつくのは悪いことだろう。描くなら本当のことだけを描きなさい。そうしないと牢屋に入れられるぞ」
父はそう言いながら恐い顔で僕をにらんだ。
僕が母や父の言っていたことをきちんと理解したのは、小学校にあがってからだった。
「今日はみんなで外にいってお絵かきをしますよ!」
若い女性の先生が朗らかな声で言う。
子どもたちから不満の声があがる中、先生はめげずにてきぱきと子どもたちに準備をさせ、校庭の大きな樹の側へと連れて行く。
「この樹を描くのよ、よーく見て、間違いがないようにしっかり描いてください」
樹の周りを取り囲む子どもたちの絵を覗き込みながら、先生はスマホで何枚もいろいろな角度から樹の写真を取っている。
僕は緑と黄緑と茶色のクレヨンを使って、注意深く樹のかたちを紙の上に写していった。
先生は写真を撮り終えたようで、僕らに順番にアドバイスをして回っている。
僕は近くにきた先生に質問した。
「先生なんで写真とってたの?」
「君たちの絵が消されてしまわないようにだよ」
「なんで?消されちゃうの?」
「もし描いた絵に間違いがあったら消されちゃうのよ。だから絶対に見えていないものを描いちゃ駄目。見えてるものを、見えている通りにしっかり描きなさい」
授業が終わると、先生は僕らの絵と撮った写真とを一緒に監査に送った。
翌日には、監査の結果が返ってきた。
ある男の子の絵は、樹の幹にカブトムシを書き加えたため不適正。
別の女の子の絵は、吹いていた風を薄い水色で表現したことで不適正。
僕の隣で描いていた子の絵は「樹の周りにいる子どもの数が合わない」ということで不適正。更に厳重注意の対象となった。
それ以外の絵は承認のハンコを押されて僕らの手元に戻ってきた。
どの絵も同じような色使いで、樹の幹の太さも、葉っぱの大きさも、樹を囲む子どもたちの姿もみんな同じように見えた。
違うのは樹を見上げる角度と、子どもたちの中でひときわ目立つ先生の立ち位置くらいだった。
僕は返ってきた自分の絵を、厳重注意を受けて絵を返してもらえなかった子にあげた。
名前の部分を消してしまえば、どうせ誰がどれを描いたかなんてわからなかったはずだ。
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