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それはしわくちゃの紙に描かれた生き物たちの絵で、いままでに見たこともない不気味で凶暴そうな生き物たちが、鮮やかな色で綿密に描かれていた。
羽が生えたライオン、8つの頭を持つ巨大な蛇、炎を吐く鳥……。
中には、人間の上半身が馬の4本足の胴体とくっついているものや、複数の顔と数十本の腕を持つ人間まで描かれていた。
ビラ一面に描かれた”フィクション”は生々しい迫力を持っていて、恐怖すら感じてしまうほどだった。
異形の人間たちがビラの上から恨みがましい目をこちらに向けている。
僕はその責めるような目に動揺し、高まった自分の動悸に驚いた。
どきどきしながらも身を乗り出して絵を見つめる。
絵の中心になっているのは3匹の得体のしれない動物だった。
羽の生えたライオンの手足にはヒヅメのようなものがあり、尻尾はひょろひょろと長いヘビになっていた。
ライオンは威嚇するように歯をむき出しにし、逆の方向をむいたヘビの口からは毒々しい液体が滴っている。
その細長いヘビの視線の先に、親玉のような巨大な生き物がいる。
8匹のヘビの身体がちょうど首のようになり胴体部分で一つに繋がっているグロテスクな絵だった。
凶悪そうな8つのヘビの顔は、どれも口を大きく開け、数十本の鋭く尖った歯と、長く気味の悪い舌をのぞかせている。
胴体近くに描かれた2つのヘビの頭は、互いに噛みつきあおうと牽制しあっているようにも見える。
その上方を、羽の生えた巨大なトカゲのような生き物が飛んでいる。
紙がしわくちゃなせいで見えづらいが、身体にはびっしりと深緑色のウロコが生え、身体の割に小さな手はタカのような鋭いかぎ爪になっている。
鳥とも爬虫類ともいえないその生き物が、飛びながら身体をひねらせて巨大な炎を吐いている。
それらの生き物を囲むように、周りには無数の人間たちが描かれている。
細かく描かれていてあまりよく見えないが、どの人間もどこか異形な部分を持っているようだ。
ずいぶん長く絵を見ていたらしい。
僕が乗り出していた身体をもとに戻すのを待ってから、Kは「どう思う?」と聞いてくる。
僕はまだぼーっとしたまとまらない頭で「なんていうか…間違ってると思う、こんなのはぜんぶ実在しない」と答えた。
Kはふんと鼻を鳴らしたあと、
「それだけじゃないんだよ」と付け加えた。
Kがカチカチとモニターに映っていた砂嵐のような模様を操作すると、そこにビラとまったく同じ画像が映し出された。
「この画像はビラをスキャナーで取り込んだものだ、拡大していくと……ほら」
巨大なヘビの胴体の部分が2倍、3倍と拡大されていくと、さっきまでの砂嵐模様が出てくる、更に拡大すると……
《☓☓間だ☓思ってもら☓☓も☓い。実☓のと☓ろ☓☓はほと☓ど殺さ……》
暗号のような文章が表示された。
思わず「え、、」と声が漏れる。
Kは文字をカーソルでなぞりながら言う。
「この絵には、ものすごく小さな文字で文章が隠されてるんだよ、ビラがしわくちゃなせいでほとんど読み取れないけど、あのテロリストからのメッセージになってる」
「これ警察は知ってるのか?」僕は反射的に訊いた。
「どうだろうな。まあ知ってても公表しないだろ。メッセージのことが知られてない今でも、このビラは裏で高値で売買されてるんだよ。描かれたフィクションを見てみたいって人が多くて。俺もそうだったからな」
手に入れるためにいくら払ったのか聞きたかったが、話の腰を折りたくなくて黙っていた。
「もしメッセージ付きだってわかったら当然それを読みたがる人は増えるだろう。そうなれば警察の回収も追いつかなくなる。謎のテロリストの目的を知りたいって人は大勢いるからな」
「目的はなんなんだ?」
「わからないんだよ。読み取れない。さっき見せたのがあれでも一番読み取りやすい部分だ。もうちょっと状態のいいビラが手に入ればなぁ……このしわくちゃのビラでも20万したんだ、どうすれば手に入るのか……」
さっきまでの高揚した顔つきから一転、暗い顔になってしまったKは、ため息をつきながら缶チューハイを取り出す。
僕はすこし冷静になった頭でKにいう。
「でもさ、やばいだろ、犯罪者のメッセージ入りのビラなんて。警察に任せといた方がいいんじゃないか」
Kは僕の言葉を無視し、缶チューハイを開けてぐびぐびと飲みだす。
僕も黙って酒を飲む。重苦しい沈黙が続く。
ふとKからの誘いを思い出して聞いてみる。
「そういえばツマミは?いいのがあるんじゃないのか」
Kは早々と1本目を飲み干し、空き缶を勢いよく机に置いて言った。
「もう見せたよ」
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