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その後、2本目の缶をあけながらKはぽつぽつと自分の過去を喋り始めた。
Kは、小さい頃からこの世に実在しないフィクションを描くことに強い憧れを持っていたのだという。
そのために普通科の高校を辞めて絵の専門学校に転入したが、そこで教えていたのは実在する風景や人物を間違いなく絵にする技術で、違法なフィクションの描き方なんて教えてくれるわけがなかった。
Kは失望して専門を辞めたあと、独自に「画家」や「アーティスト」「イラストレーター」と呼ばれた過去の危険人物たちについて調べるようになった。
彼らが描いた”フィクション”のほとんどは回収され処分されてしまったが、その一部はまだコレクターの間でこっそりと受け継がれており、そういう物を専門にするブラックマーケットもあるらしい。Kはそこを使ってあのビラを手に入れたという。
僕はKが風変わりな生活をしていることは知っていたが、まさか違法行為に首を突っ込んでいるとは思っていなかった。
複雑な気持ちでじっと話を聞く。
どうしてKは法を破ってまで”フィクション”を求めるのだろう。
事実でもなく実在もしていない物のためにどうしてそこまでするのだろう。
僕は「禁止されるほどそれが欲しくなる」という人間の心理を思い出していた。
Kの顔は話しながら徐々に活気を取り戻していき、3本目の缶をあける頃には、酒も回ってきたのか饒舌になり滔々と喋り続けた。
「昔は、ネットでちょっと検索すれば、数え切れないくらいのフィクションが見れたんだ。絵だけじゃない。”小説”っていう空想の物語や、”ゲーム”っていう空想世界の疑似体験のようなものもあった」
「映画も今とは全然違ってた。実際には起きてないような出来事が映像になってた。”役者”っていう人たちがカメラの前で、実在しない名前の、実在しない人物になりきってたんだ。おかしいだろ?」
「一番すごいのは”テーマパーク”ってやつだよ。空想の建物とか…なんていうんだろうな、実在しないはずの世界をそのまま現実につくりあげちゃったんだよ」
「俺はそういう世界に憧れたんだ。でも周りは現実を見ろと言って、まるで薬物中毒者にするように治療を勧めてきた。つらいからフィクションに逃げてるだけだって。そうじゃないんだって言っても聞いてもらえなかった。お前はフィクションに侵されてまともな思考ができなくなってるんだとか言われて…」
僕はKにはじめて同情した。
でもどうしたら彼を救ってやれるのかわからなかった。
Kは3本目を飲み干すと、衣服や空き袋で散らかった床にぐでんと横になり、天井に向かって「あー50年前に生まれたかったなー」と願いをこぼした。
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