君がくれたアイ

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 彼女が僕に話しかけてきたのはいつ頃だっただろう。なんて、忘れられるはずもなかった。  それは、高校生の時のお話。  この地域は海がとても近く、一年を通してそこそこ過ごしやすい気候だった。時折、吹き付ける潮風は心地いい。全体的に車通りも少ないし、自然の香りは町中に漂っている。  本当に良い所。  そんな風に言ってみるが、結局ただの小さな田舎町に他ならない。特に、思春期真っ只中の僕からすれば、ロクな場所ではなかった。 「ねぇ、翔太(しょうた)君。……ほら、何ぼーっとしているの?」 「……えっ。あ、ごめん」  視界に突然飛び込んでくるいつも通りの凛々しい声は、僕の日常に欠かせなくなっていた。 「翔太君は何でいつもぼーっとしているのかな? とっても不思議なんだけど」 「どうでも良いだろ」 「どうでも良くないよ。悩み事があるんなら私に任せなさい」  相変わらずの世話焼き癖は、同い年の僕にまでも及んでいた。というか、これは世話焼きに入るのだろうか。なんて(いささ)かな疑問を抱きつつも、海風に吹かれながら通学路である海岸沿いを歩く。そして、何気ない会話を楽しんでいた。  そんなことが平日の日課だった。これが当たり前だった。 「そう言えばさ、もうちょいで夏休みだね。翔太君は何処か出かけるとかするの?」 「いや、家で引き籠もってるかな」 「うわぁ」 「え? なんか変な事言った?」 「別に……」  それにしても、時間と言うものは理解している以上に、途轍(とてつ)もない速さで進んでしまうものだと改めて思う。気が付けば、こうして夏休みを目前にしながら、照りつける太陽にほんのり暑さを感じていた。 「それで、今日、うちの部活に来れる?」 「むしろ暇すぎて行きたいくらいだよ」 「え? そっちの部活は?」 「あるにはあるけど、どうせ今日もあの変態たちがニヤニヤしながら二次創作だのBLだのGLだのよく分からない物を書いてるだけだしなぁ」  あの引きつった気持ち悪い高笑いが部室中に広がっているのを思い出しただけで気分が悪くなってしまう。 「小説の何とか大賞が夏の終わりに締め切りなんじゃ?」 「問題ねぇよ。後は軽い推敲だけだし」 「ふーん。じゃあ終わり次第教室に行くね?」 「いや、どうせ昼休みに会うだろ?」 「あ、えっと……何で?」 「ついさっき、お弁当もお金も忘れたから弁当分けて、って言ったの誰だよ」 「あ、そっか」  周りからとても好かれている彼女は頭が良いだけでなく、絵を書かせれば賞を取り、歌を歌わせれば聴く人を感動させる、という超高スペックな少女。おまけに、顔立ちは綺麗な方に当たる。  唯一の弱点といえば、運動が出来ないことくらいだろう。想像を絶する運動音痴に加え、体力は皆無に等しい。だが、それは逆に、男子の人気を集めるポイントにもなっているらしい。  そんな彼女が僕に声を掛けてきたのは意外でしかなかった。
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