君がくれたアイ

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 あの時の歌だった。  淡い声をメロディーに乗せ、歌っている姿はまるで天使のようだ。  歌声と共に一緒にいた短い間の記憶が鮮明に蘇っては、心で叫んでいた。けれど、不思議にも止まってはくれない。雨の日や、晴れの日。ちょっとばかり恥ずかしい記憶まで、次々と蘇ってくるのだ。  そんな日々がもう続けれないというだけでなく、目の前の人がいなくなってしまう。いつも側にいてくれた人が。いつも側で励ましてくれた人が。  耐え難い悲しみだった。  ラスサビに入った頃には二人とも涙を流していた。これだけ広いのに、二人だけの空間。そんなものがより悲しさを生み出してしまう。  溢れだしそうな感情を必死に押しこらえ、彼女の歌を聞く。その思いを汲み取れるように。受け止めきれるように。  最後の歌詞を歌い終えると、数秒の静寂が時を奪った。まるで世界は色を失ってしまったようにまで思える程の。 「……ねぇ、今までありがとう。でもね、もう一つだけお願いがあるの。最後のワガママ、聞いてもらっていい?」 「……うん」 「お見舞いに来て欲しくないの」 「何……で?」 「翔太君が来ちゃったら、恥ずかしいもん」 「そう、か」 「安心して。大体の女子ってそんなもんよ。ね、だから、お願い」 「……分かった。あんまりあっさり飲みたくないワガママだけどね」 「ありがとう」  次の瞬間は決まっていた。流石に、別れがこんなにも寂しいものだとは思いもしなかったけど。  僕が生まれて以来、身内の誰一人として死ぬことはなかったのだ。死ぬなんてもっと遠い話かと思っていたのだ。  なのに。どうして。  そんな言葉は飲み込んで、代わりの言葉を口に出す。 君の歌、絶対に忘れない。僕の記憶にちゃんと残しておく。 ありがと。私も君を忘れない。じゃあね。 あぁ、またいつか。  涙の跡も残る中、最高の笑顔を送る。それしか僕には出来ない。答えるように見せてくれた彼女の笑顔はとびっきりのものだった。  七月二十四日。  こうして、“突然”続きの三か月間は、突然に終わりを迎えた。いつもの、元の日常を取り戻した。取り戻してしまったのだった。
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