僕が贈るアイ

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「あ、翔太くん」  久々に見た彼女の母親は随分と(やつ)れていた。聞くところによると、幾度か危なくなっていたのだとか。その度に、きっと側でずっと励まし続けたのだろう。覚束ないような足取りをしていた。  案内されるままに中に入ると、彼女はベットで横たわっていた。たった一ヶ月程度で、見ない間にやせ細った短い腕を見ると、足が動かなくなる。  彼女の腕には数本の管が繋がっていて、すぐ横にはドラマなんかでしかみたこともないような心電図を撮る機械があった。それが、一定に刻む様子を見ると、何だかとても怖くなってしまう。  そして、足元には箱型の機械に透明なマスクのようなものが乗っかっている。  そんな様子に、全身が震え始めた。 「……翔太君?」  その声は前とは余りにも違い過ぎていた。どうしても言葉に詰まる。 「あ、あぁ、うん」  ゆっくりと近づいていく。一歩、また一歩進む度、呼吸は短くなっていった。  そんな様子を見たからか、「一旦母さんは出ているわね」と言って、そっと病室から姿を消した。  残ったのは、僕と彼女の二人。 「ごめん、ね。私の方から、お願いしたのに、ね」 「いや、良いんだ。大丈夫か?」 「うん、って言ったら、嘘に、なるかな。最後に、伝えたい、事が、あるんだよ」  弱々しく掠れたその声を聞いていると、感情が溢れ出しそうになる。それでも、せめて今は、と、溢れ返る気持ちを押し殺して笑顔を作った。きっとぎこちないだろうが。 「ねぇ、あの曲、覚えている?」 「あの曲?」 「私が、作った曲。アレをね、部活のみんなに、教えてあげて、欲しいの」 「あぁ、分かった。必ず伝える」 「ごめんね、ありがとう。……また、迷惑、かけちゃうね」 「そんな気にすんなよ。僕で良ければ何でもするから……」 「ふふ、ありがと。あ、あと、これ、折角だから」  そう言って渡されたのは、一冊のノートだった。  中を開くと、僕が作っている小説の登場人物の名前が上に書かれ、その下には色付けまでされた絵が描かれてある。それも、単なるキャラクター絵ではなく、シーンごと描かれていた。 「何で? こんな……」 「歌えないし、暇、だったからね」 「…………」  何も、言えない。大切な歌を失っても、想い続けることがどれだけ大変かは分からない。だが、どれほど苦しいものかは察しくらいつく。  でも、それはとっても綺麗だった。  天気雨の中、膝下まで水に浸かり、悲しそうに空を仰ぎながら、右手を高く掲げる少年。  そんな絵が一番最初のページに描かれていたのだ。  次のページにも、その次のページにも、色々なシーンごと描かれている。  その全てが、全て、僕の想像していた通りの映像そのもの。いや、それ以上のものだった。 「それで、完結までの、挿絵は、足りるよね」 「ごめん……。ありがとうな」 「えへへ、先読み、させてくれた、代わりに、だよ」  なんて言って浮かべた笑顔が僕の胸をギュッと締め付けた。どうせ彼女のことだから、自分の状態を理解(わか)った上でこんな顔しているんだろう。僕を、悲しませないように。 「そろそろ時間だ。……じゃあね」  途端に想いは(ふく)れ上がる。もう、抑えきれない。もう、一杯一杯なのだ。  それでも、涙を(こら)え、彼女に寄り添い、手を握った。柔らかくて透き通った色をした、細くて弱々しく、まだ温かいその手を。 「あぁ……僕、頑張って、これで沢山の人を笑顔にするから。誰かに元気をあげるから。ちゃんと見てて」 「うん、分かった」  もう少し居たかった気持ちを抑えて、背を向ける。()えて「またね」なんて(つぶや)く。何処までも意地の悪いのだろう。病室を出ると、彼女の親に挨拶をして、すぐに家に帰った。  溢れる感情を文字に変えて、物語にしていく。あの歌が頭から離れない。でも、それが僕に活力を与えてくれる気がした。  パソコンに向かって激情のまま打ち込んでいく間に涙が溢れてきた。 「あれ?おかしいな?勝手に…」  そんな溢れる涙を拭いて、さらに書き続ける。  ––––見ててくれ。絶対に賞をとって、本にして、沢山の人に読んでもらうからな。沢山の人を笑顔にするから。元気にするから。  あの時、彼女が僕にくれたように。  決意を胸に、黙々と進めていった。
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