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「勝手に動くなと、言いましたよね?」
あかりは思わず動きを止めた。顔を横に向けると、レオが眉間に皺を寄せて仁王立ちしていた。気付けば、そこは浴室ではなく、例の黒い空間になっていて、あかりの近くには、雄太と晴美もいた。そして前方には、佐和子が座り込んでいる。
あかりは、慌てて佐和子の左手首を掴んだ。細く白い腕が、深緑のパーカーから伸びる。それを見た一同は息を呑んだ。彼女の手首には、無数の横線があり、かさぶたになっているところと、血が滲んでいるところが混在している。あまりに痛々しかったため、あかりは思わず顔が歪んだ。
同時にひどく混乱した。そもそも彼女は事故死したはずなのに、あの光景は何だったのか?
──二回死ぬなんてあり得ないはずだし、そうなるといったい……
『レオ君ー。書類できたから、本部に送る前に確認してもらっても……』
そのとき、画面が再び出現し、青いファイルを抱えたモカの姿が映った。佐和子は咄嗟に自分の腕を庇ったが、例の傷が見えてしまったのか、モカはあんぐりと口を開けたまま、固まってしまった。レオはすかさず頭を下げた。
「モカさん、すみません。先程は事故死で間違いないと報告させて頂きましたが、時期尚早だったようです。別の可能性が出てきました」
モカは、レオから視線を外して、佐和子を見た。彼女は、自分の左手を掴んだまま立ち尽くしている。モカの視線は、自然と彼女の左手首に向けられた。視線に気付いたのか、佐和子は更に強く自分の腕を掴んでいた。モカの視線が再びレオを捉える。
『もしかして、自殺とか……』
途端にレオの視線が逸れる。それですべてを察したモカは、画面の前で崩れ落ちた。
『あぁ……そりゃたしかに言ったよ? "あっさりしすぎてて、つまらない"って。でも……そっか、よりにもよって、自殺かぁ……』
モカは、まるで外れくじを引いたような、残念な表情を浮かべた。そのまま立ち尽くしていたが、しばらくすると諦めたように中央の椅子に腰掛け、手元のキーボードを操作し始めた。自分の腕を掴んだまま動かない佐和子は、どことなく申し訳なさそうな表情に見えた。
一連のやり取りを見ていたあかりは、無性に腹立たしくなった。
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