天秤

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 テレビ画面に炎が映し出される。  鼓膜を刺激する爆発音に、老若男女の高い悲鳴。ドキュメンタリー番組の再現ドラマと分かっていても、悲惨な光景に鳥肌が立つ。  舞台はニューヨーク。僕が生まれる前に起きた事故についてだった。アメリカの中でも特に大きなショッピングモールのフードコートで、換気扇の故障による大爆発が起きた。経験者が当時の状況をカメラの前で語っている。彼女は事故が起こったその日、フードコートのちょうど真上のフロアで従業員として仕事をしていた。 「フードコートが賑わうお昼の時間帯までは、いつもと変わらなかったんですが」 午前11時をまわり、フードコートの席が埋まり始めた時だった。「何かが焦げたような臭いがしたんです」  すると突然下のフロアから大きな爆発音が聞こえたと言う。同時に火災報知器の警報音が鳴り響いた。マニュアルでは従業員が落ち着いて客を避難させることになっていたが、運悪く一番人の多い時間帯に起きたために店内は混乱していた。 「私は三階のフロアで買い物をしていたお客様とともに非常階段を使って一階に下りました。三階は小さいお子様も多かったので取り残された人がいないことを何度も確認しました」  他の従業員は内線でショッピングモールの館長に店内で事故が起きたことを伝えた。館長室にいた彼は自分が店の跡を継いだ父親にをかけた。 「父さん、店が燃えている。どうしたらいいんだ!」 父親の指示はこうだ。  今すぐ店のすべてのシャッターを閉めろ。  従業員が非常口に着いた時にはもう遅かった。シャッターはそう簡単には開かない。結局ショッピングモール内にいた人のほとんどが業火に閉じ込められてしまったのだ。  父親の指示を、アメリカのジャーナリストはこう解説した。 「彼がシャッターを閉めるように指示したのは、火事泥棒を防ぐためでした」 この事故で何百人の人が亡くなったそうだ。  僕はこの事故の現場にいなかった。いや、事件と言った方が適切かもしれない。画面越しに見たショッピングモールを覆う炎よりも、館長の父親が下した指示が僕を占めていた。
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