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小さい頃からうちはド貧乏の借金地獄。
親には大学進学は諦めて働いてくれと言われていて、高校を卒業してから社会に出て働いた。
ただ仕事運は悪くないみたいで、派遣会社に登録してからすぐに保険会社の事務の仕事を紹介してもらえたし、真面目な勤務態度が功を奏して、働き始めてから三年後には正社員として迎えてもらえた。
朝から夕方までデータ入力処理と書類作成、電話対応にファイリング。コピーや先輩方へのお茶汲み、掃除等の雑用も文句無しに誠意を込めてするし、残業だってする。
私みたいな高卒が安定した収入を得られるって事自体が感謝でしかないから、他の人が嫌がる仕事も私は進んで引き受ける。
と、バカ真面目に思っていたのは正社員になった一年目だけで、今はなんでもかんでもよろこんでーっと引き受けた間抜けな自分にちょっとだけ後悔している。
みんななんでもかんでも私に押し付けてくる。
蓬田に頼めば何でもやってくれるって思い込んでる。
いいかお前ら!私はもう純粋で無垢だった昔の私じゃないのよ!自分の仕事は自分でやれ!私はもうやらないから!断るから!
「蓬田ぁ!これ、早急に十五部コピーしてまとめてくれるー?」
「はぁーいっ」
って私のバカァァー...。
反射的に了承してしまった自分と面倒な仕事を頼んでくれた細田さんに心の中で悪態を吐きつつ、顔だけはヘラヘラ笑いながら資料を受け取った。
実際の所、私は高卒コンプレックス。
正社員として働いてはいるけど、周りのみんなには内心バカにされてるのだろうと決め込んで、腹を割った話なんてできやしない。
何かあったら一番に首を切られるのは高卒の自分だろうといつも不安で、嫌でも頼まれた事は快く引き受けてしまう…。
当たり障りのないように。ポイントを稼ぐように。
鈍い音を放つコピー機をぼんやり眺めながら溜息を吐き出し、凝り固まった首を回す。…いやぁ…それにしても本当に…
「疲れてんなぁ」
気持ちを代弁してくれたのは先輩の坂本さん。隣に並んで顔を覗いてきた。
「目の下隈できてんぞ。お前昨日も残業したんだろ?断りゃいいのによ」
「残業手当出ますから。すればするだけ給料が上がるんです。断る訳がないです」
「…金かぁ」
「お金です」
そう、世の中お金。
「まあ、あんま無理すんなよ。折角金が稼げたって倒れたら本末転倒だかんな」
坂本さんはちゃらそうな笑みを浮かべ、持ってた書類の束でポンと軽く頭を叩いてから、自分のデスクへ戻っていった。
無理かどうかで言えば、そろそろ無理な感じもしなくないけど、両親を借金からはやく解放させてあげたいし、弟には大学進学してほしい。
だから稼がないと。
コピーを終えてデスクに戻れば、今度は書類をまとめていく。
「先輩先輩、ちょっとこれ見て下さいよぉ」
キャスターを転がして私に寄ってきたのは今年入社した新人の田辺真奈美。
礼儀正しくて勤務態度も真面目なのに、小悪魔的な魅力もあってなかなか可愛い。
最初はどうせこの人も私をバカに…なんて思い込んでいつも通り距離を置いていたけど、彼女はそんな私の警戒心すら溶かしてしまうくらいいいコで、先輩先輩ぃと私を慕ってくれるのだ。
いつの間にか会社の中では一番仲がいいと言える間柄になっていた。
田辺さんが見せてくるスマホの画面に視線を向けた。ピンク丸字の『恋愛運』に意識が移る。
「今月の恋愛運、めちゃくちゃいいんですよ!」
「へぇ。それはよかったね」
「結婚に繋がるような出会いのチャンスに恵まれる月なんですって!モテるらしいですよ今月!」
「…今月に限らず毎月モテてるでしょ」
「えぇ、そんなことないですよ。先月だって彼氏にフラれたんですよ?」
半年付き合っていた彼氏に突然フラれたと泣きじゃくって落ち込んでいた彼女を、バーに誘って延々と話を聞いてあげたのは二週間前。
次の恋を待ちわびるくらいには傷心から回復しているみたいでよかった。
「先輩の恋愛運も占いましょうか?」
「…私はいいや」
「そうですか?先輩って恋愛の話あんま興味ないですよねぇ」
用はなくなったとばかりに再びキャスターを転がしてデスクに戻った田辺さん。
ホッチキスで書類をまとめながら、小さな溜息を吐いた。
別に恋愛に興味がないわけじゃない。私だって恋人欲しいし、お互い励まし合い支え合い、時にはイチャイチャしたい。憧れはそれなりに強かった。
だけど、どうも私は恋愛運には恵まれていないらしい。
高校卒業後に付き合っていた人はいたけど、急に音信不通になって自然消滅して以来彼氏はいないし、出会いがないわけではないけど、とにかく恋愛に発展しない。
自分からアピールも頑張ってみたけど、どうも成果が出ない。
最初こそ焦っていたけど、二十五になったこの頃、焦りは諦めに変わった。
私の恋愛運は仕事運にごっそり持ってかれたんだと割り切ったのだ。
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