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1 かなりまずいことになった
「そこをなんとかお願いします……‼」
3月末日、年度末の昼下がりには似つかわしくない懇願が七里ヶ浜のアパート一角で響いた。
私は世渡りが下手だった。不器用で、感情で動くから空気が読めなくて、そのくせ自分より他人が大切な自己犠牲野郎――なんてことも言われたこともあるくらいで、反対に、精一杯生きてきたつもりで空回ることの二乗。どうしてか上手くいかない。そんな自覚も自分の中にあった。他者から見ても本人からしても、私は結果的にやはり世渡りが下手だった。加えて運がない。今回の状況がまさにそれだ。
70歳前後の小太りな男が玄関扉から不躾に私の部屋の中を覗き込む。このアパートの大家さんだ。襟付きのセーターと高そうなパンツが体型とのミスマッチで残念感を強調している。それにしても「大家」という肩書きは女子大生の部屋の中を覗き込んでもいいらしい。特に悪びれる様子もなく私を一瞥すると鼻を鳴らした。といっても、ついこの前卒業しちゃったからもう女子大生じゃないんだけど。でもそれはそれ、これはこれだ。いくら私が頭の上がらない状態だからってちょっと失礼だ。
「橘さん、退去通知見てなかったの? 家賃がこれ以上遅れるようなら3月いっぱいで退去して頂きますって書類。届いてたよね?」
最初に言われたことと同じことを大家さんは念を押すように繰り返す。私は言葉を詰まらせた。
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