終末

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最後の仕事を終え、男はこうべを垂れた。 何度この動作を繰り返しただろうか。男は考える。そこかしこでそっくり同じ事をしていた者も今はいない。見送りも寂しくなったものだ。自分1人がこうしている。 静かだ。 深く下げていた頭をゆっくりと上げ、今度は上向いてみた。陽が、目に痛い。すぐに瞼を下ろした。突き抜けるような青空から注がれる黄金の光は眼球を覆う薄い皮膚をじりじりと焦がす。 涙が出ないのはこの強過ぎる光線が蒸発させたからなのだと、そう胸の内で言い訳を試みたが、ああ、無意味か。涙腺が乾いているから何だというのだ。こうも見た目が薄情だとして、誰から非難を受けるわけでもない。虚しいだけだった。 それでもやはり、“蒸発”という事にしている涙が流れ出す気配はない。何もかも枯渇しているのだ。そうだ、全てが。 これまた緩慢な動作で太陽から顔を背け、男は正面を向いてまた目を開いた。瞼の上から感じていた陽射しが黒い円形の残像になって視界をちらつく。ちらちらと、小蝿か何かのように飛び回る。 あと5分だけにしよう。この場に留まる時間をそう区切り、男はウェアラブル端末のタイマーを設定した。こいつの機能といったら、もうこの程度だ。発売当初は画期的だとして大きく取り上げられたものだが、今では目覚まし時計の代わりに成り下がった。この調子なら次の肩書きは無機物の塊だろう。 それから辺りを見回せば、手近な場所にバケツがあった——いや、あるのが当然である。今まで自分が使っていたのだ。バケツに脚が生えて駆けて行くという事はあるまい。ひっくり返し、土も払わずその上に腰を下ろす。提げていた水筒のぬるくなった中身を喉に流し込めば、無意識に大きく息が漏れた。ただし、ため息と呼べるものではない。今まで吐き出せずにいた息を一思いにやったという風である。
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