始まる前に終わっちゃうの?

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始まる前に終わっちゃうの?

その日の仕事は、何とかこなした。覚えることも多かったから、店長と和希のことを考える暇もなかった・・・というのは嘘で、常に頭の中にあった。 (カズキくんはどんなつもりで、この職場を紹介したんだろう。元カノの店に、つきあうかもしれない女性を紹介するなんて、ちょっとデリカシーに欠けてる) (カズキくんは、坂上店長のこと、今はどう思ってるんだろう) そんなことが、頭の中でぐるぐる、ぐるぐる、回っていて、正直、マニュアルどころじゃなかった。でも、必死で、笑顔でお客さんと向き合ったのだった。 「お疲れさま、和泉さん。明日は、13時から来てね」 と17時に笑顔で店長に言われて、どっと疲れが出た。 新桜台の駅に着いて電車に乗り込み、都営大江戸線の電車の窓に映る自分の顔を見て、 (彼女、今にも泣き出しそうな顔をしてる) と他人ごとのように思った美穂だった。東中野の駅に降り立ち、地上に出ると同時に、スマホの着信音が流れた。和希からだ・・・鳴り続ける着信音。やがて、諦めたように鳴りやんだ。続いて、メールの着信音。メールを見ると、 【初日、どうだった?】 【初日、どうだった?店長、教えるの上手だろ?】 涙が流れた。和希は坂上店長に、それこそ、いろいろ教えてもらったのだろう。美穂は思った。 (嫌だ。あたしの思考、すっごい嫌な女になってる) それでも、返信をしなかったら、和希からもういちどコール。 (・・・出るしかないね。) 「もしもし、いずりんちゃん?今どこ?今日、どうだった?」 和希の、あっけらかんとした声にますます哀しくなる。 「・・・なんで教えてくれなかったの?店長とのこと。・・・って言うか、なんで、元カノの店なのよぉ」 「えっ・・・そのこと、奈津美さんから・・・」 「奈津美さん・・・奈津美さんって呼んでたんだ」 電話口の向こうから、和希のうろたえる雰囲気が伝わってきた。 「会って話そう。今から練馬まで来れる?僕のアパートで話そう」 怖かった。まだ、始まってさえいないのにこのまま終わってしまう気が美穂にはした。 でも、ここで逃げても何の解決にもならない。 「練馬駅の改札で待ってて。20分もあれば行けると思う」 涙声に聞こえなかったか、ちょっと不安だった。美穂は、たどってきた路線をまた引き返すことになった。 和希に会うまで、刻一刻と近付いていく。和希はどんな話をするんだろう。
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