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なんなんだろう、この涙は。
翌日、美穂はワクワクしすぎたせいか、6時に目が覚めてしまった。ゆっくりと朝食を摂って歯を磨き、着替えをしようと部屋に戻った。クローゼットの中から、春物の、シフォン生地のワンピースを取り出す。
「あはは、いかにもデートって感じの服だね」
その服は、新宿ミロードのショップで昨年買ったモノだった。4月末とはいえまだ肌寒いこともあるので、手持ちのコットンジャケットを合わせる。靴は、今日は歩き回るだろうから、おしゃれな感じのスニーカーを合わせる。バッグは、美穂の手作り――エコクラフトのかごバッグだ。結構、苦労して作った分、愛着がある。
なんだかんだしていたら、8時過ぎだ。新宿へは、中央線で行った方が早い。
「行ってきまぁす。夕食はいらない!」
「行ってらっしゃい。あまり遅くならないのよ」
「はぁ~い!」
中央線各駅停車で2駅。新宿駅に着く。
新宿南口の花屋の前に着くと、和希がすでに待っていた。
「ごめんっっ!また待たせちゃったね!」
「大丈夫!女の子を待たせちゃまずいだろ?まだ、時間前だよ」
「ありがとう。行こっか」
と、美穂が和希の手を取って改札の方に行こうとしたそのとき・・・。
「美穂?美穂だろ?」
聞き覚えのある、低いトーンの優しい声。・・・拓也。
「久しぶりだな・・・」
「うん・・・」
「彼氏?」
「そう」
「俺、結婚するんだ・・・よければ・・・」
「返事は出したわ。これ以上、私たち、話すことないよね」
「・・・そうか」
「私、幸せだから」
「うん。じゃあ、行くよ」
少し前まで愛おしくてやまなかった、背の高い男が足早に去っていく。
「美穂・・・泣いてるの?」
和希が遠慮がちに声をかける。
「えっ?」
美穂はびっくりして、自分の頬に手をやった。
「元カレ?」
「ん、正式には、元婚約者。あたし、婚約破棄されたんだ。もう、気持ちはなくなっているのに・・・なんで、私、泣いてるの?」
ぎゅっ。和希が美穂を強く抱きしめた。
「気が済むまで泣いていいよ。僕は、美穂の過去に何があっても美穂を愛してる。あいつを忘れられないんだとしても・・・」
「違うの。忘れられないわけじゃないの。私は、カズキくんが好き。メールの1日目から、心惹かれてた」
和希が腕を緩めて、美穂の顔を見て苦しげに言う。
「じゃあ、なんで泣くの?」
「なんていうかなぁ・・・カズキくんには、あたしの思ってること、包み隠さず話せるんだけど、拓也・・・元婚約者とは、どこかそういうんじゃなかったの。すごく好きだったからこそ、自分のキレイな部分しか見せられなかった。だから・・・いっぱい、言いたかったこととか言えなかったこととか残ってて。未練、って思うかもしれない。でも、戻りたいとかじゃなくて。あたしは、カズキくんを愛してるの。信じて」
「じゃあ、今日の予定、変更していい?美穂は、これから一緒に練馬に来て、レンタルビデオ屋でビデオ借りて、僕の部屋で一緒にビデオを観る。そのあと、パスタを2人で作って、お昼ごはん。そのあと・・・身も心も僕のものになってくれる?」
言っているカズキくんは耳まで真っ赤だ。照れ屋なんだなぁ。そこも好き。こっそり、美穂は思った。いつのまにか、涙は自然と止まっていた。
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