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こんなことってあるんだね
いつものイタリアンレストラン”Siena”で、美穂は拓也と待ち合わせをしていた。
待ち合わせ時間は7時、現在、7時15分。
まぁ、拓也は遅刻の常習犯だから、このくらいは大目に見ておこう。
ちょっと高級なワインでもおごらせちゃおうかな。
そんなことを考えながら、左薬指に光る、ダイヤモンドをうっとりと見つめる。
拓也と美穂は、昨年末に婚約した。
両家顔合わせも、式場もドレスも決まって、あとは5月15日の挙式を待つだけだ。
(拓也と私は、熱い絆で結ばれている・・・)少なくとも美穂はそう思っている。
7時半、やっと拓也が現れた。
「やっときたね~ぃ」ちょっとおどけて言った。
拓也は、硬い表情のまま、席につく。明らかに変だ。
「オーダー、何にする?拓也、遅いから、私が決めちゃったのでいい?」
「ああ」
私は、ウェイターを読んで、アラカルトメニューからいくつかチョイスする。
「ワインは?」拓也に尋ねる。
「美穂の気に入ったのでいいよ」
「ホントに?・・・じゃあ、この、ロゼを」
ウェイターが、かしこかりました、と言って去ると、拓也はおもむろに口を開いた。
「美穂・・・本当に申し訳ない。結婚を白紙に戻してくれないか?」
え?今、何て言ったの?ケッコンヲハクシニモドシテクレナイカ?
「美穂のことは、ホントに愛してたし、大切にしたいと思ってた。でも、それ以上に好きな女性ができてしまったんだ」
信じられない・・・信じられない。なのに、私は、何も言えないでいる。
「・・・よく、簡単にそんなこと」やっと声が出た。
「簡単じゃない、俺だって死ぬほど考えた。でも、自分に嘘はつけない。彼女を愛してしまった」
「どういう人なの・・・?ううん、どんな人だっていい。知らない方がいい。私、何かした?拓也の気に障るようなこと」
「美穂は悪くない・・・悪いのは、この俺だ。どんなに責めてくれたっていい。でも、結婚はできない」
拓也の顔がにじんでいる。パステルトーンの絵のようだ。そうか、私、泣いているんだ。
「分かった・・・拓也の話は分かった。そっか・・・そういうことなら、私、もう、行くね」
思わず、がたん、と音を立てて席を立ってしまう。まずった。
下を向いて、一歩一歩、入口のドアの方に向かう。ドアを開けて店を出ると、全速力で走った。走って走って、ヒールが折れてしまったから、靴を脱いで走って、2人でよく行った河川敷に行った。
桜が見ごろを終えて、葉桜になりかけている。ひら、ひら、ひら。薄紅色の桜の花びらが、頬をなでる。
「運命の人にやっと出会えたと、思ったのになぁ」ぽろ、ぽろ、ぽろ、ぽろ、どころか、どわ~っという感じで涙が流れた。
ひとしきり泣いた後、あたしは、事の次第を報告しようと恵美のスマホに電話した。
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