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屋上の風は、暑苦しい蝉の声とは裏腹に、ひんやりとしていて気持ちがいい。
「屋上って初めてきたけど、意外と涼しいんだね」
相沢さんは肺いっぱいに空気を吸い込んで、気持ちよさそうに伸びをする。
「そういえば、相沢さんはなんで屋上の鍵なんて持ってるの?」
「んー? 三嶋先生に頼んだら貸してくれた」
彼女は「内緒だよ」と細くて長い人差し指を唇に当てて笑った。
三嶋先生というのは数学担当の若いイケメン先生だ。優しくて授業もわかりやすいので、男女ともに人気のある先生だが、特に女子がよく騒いでいるのを聞く。
そうか、相沢さんみたいな真面目な優等生でもそんなことを……。
まるで漫画のような秘密を持つ彼女に、驚きを隠せず「へぇ……」と呆けた声を返す。
「……それにしても、いい景色だよね。この街の中で暮らしてるはずなのに、見えるものが全部、おもちゃみたい」
彼女は胸ほどの高さの柵に片手を掛け、涼風に煽られる長い黒髪をもう片方の手で抑えながら、眼下に広がる街並みを見下ろした。
僕も彼女の隣に立ち、小さく見える街を見下ろす。痛いくらいの日差しの中を、自転車で40分も走ってきたというのに、その道はやけに短く見えた。
「ほんとだ……」
しばらくそれらの景色を2人で黙って見下ろしていたが、そのうち隣から「よいしょ」という声とガシャ、という音が聞こえた。
隣を見ると、相沢さんが柵を越えようと足を掛けている。
「え、何して……」
僕が言い終わるより先に、彼女は柵の向こう側に降り立ってしまった。
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