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柵の向こう側に降り立った相沢さんは、いつもとは違う、少し儚げな笑みを浮かべていた。
「ちょっと、何してるの!? 早く戻って来なよ!」
僕がそう声をかけても、彼女は遠い空を眺めるだけだった。
「本当に危ないから、落ちちゃうって!」
まるで僕の声なんて聞こえていないかのように、今度は柵から手を離す。
「ばか……!」
僕は慌てて宙に浮いたような彼女の手を掴んだ。
その動きは、今までの人生で一番素早い動きなんじゃないかと思えるくらい、僕は慌てていた。
彼女は一瞬、驚いたように目を丸くしたけれど、すぐにふっと柔らかく微笑んだ。
「……ねぇ、もしこのまま、私が消えちゃったら……どのくらいの人が悲しんでくれるのかな?」
その声は、柔らかな表情とは対照的に、どこか影を落としていて、心がきゅっと締め付けられるような声だった。
「……もう、自分を偽って生きていくのは、嫌だよ……疲れたよ……苦しいよ」
それは紛れもなく、何もかもが完璧だった彼女が、相沢 優李という人間が、やっと吐き出した本当の気持ちだった。
「ねぇ、お願い。手を離して」
心からのその言葉に僕は……。
僕は、握っていた彼女の手を、そっと手離した。
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