秘密の思い出

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「あ、神谷くん!」  高3の夏休み。僕は学校の廊下で、同じクラスの優等生、相沢さんに声をかけられた。  相沢(あいさわ) 優李(ゆり)。容姿端麗で成績は常に学年トップ。文芸部の部長で、クラス委員長。  更に人当たりも良く、明るく優しい性格で、いつも柔らかな笑みを浮かべて人と話すので、先生からも絶大な信頼を得ており、男子生徒からもかなりモテている。 「相沢さん、どうしたの、夏休みに学校に来てるなんて……委員会とか?」  僕が聞くと、彼女はやはり、柔らかく笑ったまま「ううん」と首を振った。 「もう進路もほぼ決まっちゃったしさ、なんとなく非日常を味わってみたくて……遊びに来ちゃった」  なるほど、常に成績も先生からの信頼もトップである彼女は、とっくに指定校推薦での進学先を決定しているらしい。正直、羨ましいことこの上ない。でも彼女が言うと嫌味たらしく聞こえないのが不思議だ。 「それにしても意外だな。相沢さんでもそんなこと思ったりするんだ」  素直に思ったことをぶつけると、彼女は「まあ、多少はね」と笑う。 「それで神谷くんは、なんで学校に?」  今度は彼女の方から僕へ質問を投げかけてきた。 「就職試験の対策講座があったんだ。さっき終わって、帰ろうと思ってたところ」  高3の夏休みは就職希望者にとってかなり忙しく、大切な時期となる。大学へ行ってまで勉強したいとは思えない僕も、その例に漏れることなく、ほとんど毎日、試験対策やビジネスマナーなんかを学ぶ『夏休み特別講座』なるものに勤しんでいた。 「そっかー、就職も大変なんだね」  彼女は笑顔を崩すことなく「お疲れ様」と言うと、突然「そうだ!」といたずらを思いついた子供のような顔をする。 「このあと時間あったら、ちょっと息抜きしない?」  彼女は1度も折られていない、膝下までの長さのスカートのポケットから『屋上』と書かれた鍵を取り出した。
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