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「やります!」
「……そんなに即決していいんですか。俺、今めちゃくちゃうさんくさいと自分でも思うのに」
「ああ、確かにすねこすり好きの私にすねこすりが近付くというだけでうさんくさいですね。すねすね詐欺かも」
「しかも俺、鬼だし」
男性は厚い前髪を上げた。その額には小さな角が二本ある。確かに鬼だ。しかし顔がいい。厚い前髪でわからなかったけど、かなり色気があって魅力的な目元をしている。
鬼というのはこの国で一番有名な妖怪だ。昔話の悪者は大抵が鬼。最近になって『鬼を昔話の悪役とするのは差別だ』『昔話でいちいち大げさに騒ぐな』なんて論争が起きたりするほど。
でも昔話の鬼とは、『困った人や物』だったりする。たとえば病気とか暴れる人とかの怖いものには名前を与えると怖くなるから、それで鬼と名付けられただけで今いる鬼達がやったことじゃない、ということがある。
この目の前の人は私に怖がってほしそうに思えた。ううん、違う。後で態度を変えられるくらいなら、最初から嫌って欲しい。そんな気持ちからわざと嫌われるように、試すようにツノを出したんだ。
「私、人の評判や昔話より自分の目で見たことを信じたいです。というわけではやくそのすねこすりカフェにつれてって説明してください。さあ早く!」
試されていると感じて、私は半分苛立って男性に言った。本当は人手に困っているくせに、急に自分が鬼だからってこっちを試して、何なんだこの人。
「ははっ、ほんとにすねこすり好きなんだな」
男性から試すような言葉や反応を見る目は消え失せた。さっきの幼い笑顔となる。
「親に連絡して。そっちが見る目確かでも、何かあっては遅くて親はきっと心配するよ。バイトの親に不審者扱いは避けたいしね。俺は鬼龍終夜。お店じゃ店長って呼ぶように」
「は、はい! 私は朝日奈瑠依です」
鬼龍さんは少しだけ素の、店長モードの自分を見せてくれたみたいだ。自己紹介をして携帯を取り出す。こうして私のアルバイトが始まったのだ。
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