恐妻家

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「おお、きたきた。まずは、乾杯しようか。君の本社復帰を祝ってな。かんぱーい。」 「ああ、ありがとうございます。乾杯。」 「たとえばだ、今、ここにビールとおつまみがあって、君とこうして飲んでいる。以前ならあり得ない光景なんだよ。」 「あり得ない・・・ですか?」 「うん、そう。妻は健康志向が高すぎて、ビールなんかも制限されていたし、俺に少しでも健康診断で悪い結果が出れば、食事も制限されたよ。」  部長が恐妻家だというのは、噂で聞いていた。 「それは、きっと部長の体を心配するあまり神経質になったのでは?」 「そうだな。俺には、健康で居てもらわなければこまると常々言われてたからな。よもや、人の健康ばかり気にして、自分が病気で死んでしまうなんて思いもしなかっただろう。」 「心中、お察しいたします。」 「彼女は、何もかも完璧でなければ気が済まない性格だった。その性格が彼女の健康に影響しちゃったかな。はは。」 「お寂しいでしょうね、部長。」 「・・・正直、最初はほっとしたんだよ。」 「えっ?」 その瞬間、部長の瞳が夜の真っ黒な何も映さない海のような色身を帯びた。 「はは、まだほとんど飲んでないのに、酔いが回っちゃったかな、俺。」 「あは、そうですよ、ほっとしただなんて。」 すぐに目を細めて微笑んだ部長を見て気のせいだと思った。
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