恐妻家

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「ど、どういう意味ですか?部長。」 「つまりだな、あのワイシャツが汚れていた所為で、俺はもしかしたら、あの事故に巻き込まれていた可能性もあるわけだ。」 「ま、まさか。考えすぎですよ。」 「本当にそうだろうか。あの舌打ちが妻の答えではないだろうか。」 「だから、それは空耳・・・」 そう言う俺の言葉を部長が遮った。 「見たんだ。」 「な、何をです?」 「妻の家計簿。保険代って表記されていた。」 「保険くらい誰だって入ってるでしょう?」 「受取人は、俺の息子になっていた。」 「俺、実は、リストラ対象に入ってるんだ。」 「えっ?嘘でしょう?」 知らなかった。部長は仕事は出来るが人が良過ぎるがゆえ、裏切られたり陥れられたりすることは多々あったため、もしかしたら誰かに嵌められたのかもしれない。 「妻は、常に完璧を求めていた。ところが、人というものは、思い通りには行かないものだな。」 「ま、まさか。」 いくら何ででも、あり得ない。妻が夫が死ぬことを待ち望んでいるとでも言うのか。 「無論妻は、息子にも完璧を求めた。求め過ぎて、息子は家に引きこもってしまった。あげくの果てには、完全に管理して、尽くした夫はリストラ対象になった。そんな男にもう用は無いよな。はは。リストラの話をしてからの妻の態度はガラリと変わったよ。」 部長が寂しそうに笑った。 「口を開けば離婚の話と、財産分与の話ばかりするようになった。そんなおり、彼女自身が脳内出血で亡くなってしまった。きっと彼女は息子のことが気がかりなんだろうなあ。」 「・・・」 「だからさ、俺は、今も妻が恐いんだよ。いつ殺されるかって。たぶん、妻は今も家にいて、機会を伺ってるんだ。だからさ、俺、家に帰りたくないんだよね。今日は、とことん付き合ってくれるかな。」 宙を泳ぐ部長の瞳は、見えない奥様の影に怯え揺れていた。
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