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もうすぐ、ここから出られる。
私は今、宝箱の中にいる。
まもなく誰かがこの箱を開けて、私を見つけ出す。そんな予感がする。
それは安心とも不安ともつかない、不思議な感覚だった。
宝箱の中にいる、と言っても、私は自分がどんな価値をもっているのか分からない。
というか自分がどんな「宝物」なのかも分からない……自分で自分の姿を見たことがないのだ。
宝石だろうか。金貨だろうか。それとも骨董品だろうか。
だから、これからこの箱を開けた人が私を見て喜んでくれるかどうか、正直自身が無いのだ。
思っていたのと違う……とがっかりされてしまったらどうしよう。
もしかしたら私はお宝ではなくて、偽物の宝箱の中に入った「ハズレ」と書かれた紙かもしれない。
そう思うと急に不安になってきた。
私は耳を澄ませてみる。ふと、自分がどこにいるのか気になったのだ。
霧の深い山奥?それとも鬱蒼と茂ったジャングル?
……と、遠くから低い音が聞こえてきた。一定のリズムで、心地よく響いてくる。まるで音楽のベースのよう。
ああ、あれは多分波の音だ。
きっと私がいるのは無人島だ。これから船に乗って、誰かが私を探しにやって来るんだ。
そう思うと、ちょっとドキドキしてきた。
そうしているうちに、誰かが箱の前に走ってくる気配がした。
ついに来た。私を見つけに来た探検家の人たちだ。いや、海賊かも。
皆緊張した様子で、なにやら叫びあっている。
やがてその中の一人が箱に手をかけた。
慎重に、しかし素早く鍵を開ける。
私は目を閉じた。
果たして、私は見つけて嬉しい「宝物」だろうか。
この箱を開けた人たちは私を見て、なんと言うだろうか。
私は……
* * * * *
皆が息を呑んだ、次の瞬間。
「おぎゃああ!」
高らかな声が響いた。
「おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」
分娩医が赤ん坊を抱えて、ベッドの上の女性の前に掲げる。女性は顔中に汗を浮かべ、しかしその赤ん坊を見た瞬間「よかった……」と声を漏らし、頬を涙が伝った。
部屋の中にいる人は皆、緊張の残った、しかし喜びに満ちた顔で再び動き始める。夫がベッドの上の妻にねぎらいの言葉をかけながら、強く手を握った。
妻、そしてたった今母親となった女性はその手を握り返し、医師の手に抱えられた赤ん坊に向かって微笑みかけた。
「はじめまして。私たちの宝物」
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