驟雨

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 その人は通り雨だ。  梅雨が明けて群青をベタッと塗りつけたような空の向こうにムクムクと入道雲が育っていた。  夏の空は時に裏切る。  傘なんて持たずに出かけて、昼下がり、失敗した! と後悔する。  地表を洗う勢いで突然降り出した雨に人々は右往左往。軒下、商店に駆け込んで行く。  私も例に漏れず、バッグを頭に乗せて慌てて雨宿り出来る場所へと駆け込んだ。  気紛れに驟雨を降らせた雲は、とんでもないものを落っことしていった。  屋根付きの、小さなバス停だった。  バスが行ったばかりなのか、人はいない。私と、彼以外は。  顔を見た瞬間、声をあげた。遠い昔、離れ離れになった人。 「どうして?」 「んー、どうしてかな?」 「だって、あなたは」 「多分ね、これを渡しに。手を出して」  笑う彼は、私の手の中に鈴蘭のボタンを置いた。  お気に入りだった洋服から取れて失くしたボタンだった。 「見つけたから、届けに来た」 「それだけ?」 「んー、後は、君の元気な姿を見に」  空が明るくなって来た。雨音が弱くなり、消えていく。 「元気でね」  返ってきた日差しに濡れた地面がキラキラと輝く。  真夏の暑さが戻って来た時には、私は一人になっていた。  手の中には鈴蘭のボタン。小さなボタンには収まり切れない思い出が詰まっていた。  あの年の、夏の日々を忘れないでと言いに来たのかな。  洗われた空に、小さく呟く。 「ありがとう」  忘れられない一夏の思い出をくれた人に。
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