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「俺も馬の全盛期はすごかったんだぞ! 伝説の駿馬って呼ばれてたんだからな!」
「伝説……? 牧道は競走馬だったのか?」
「そうそう! もう十年前に引退したから日暮は知らねえと思うけど『ブルー・エンペラー』って名前で走ってた」
「ブルー・エンペラー……」
その名を聞いて光は驚いた。それは競馬をしない人間でも一度くらいは聞いたことのある名前だったからだ。
「競馬は、うちの家族はしないけど……それでも聞いたことがある」
「マジで!? やっぱ俺すげー!」
「青馬は自分ですごいって言っちまうんだからねえ。日暮くんの謙虚さを見習ってほしいわ」
得意げにアピールする青馬に、からかうように微笑む静葉。
穏やかな雰囲気と実年齢より若く見える風貌に、青馬は母親似なんだな、と光は思った。
「……とはいえね、本当にすごかったわよ。レースで優勝した数が一番多くてね、まだその記録は破られてないわ」
「で、父ちゃんが『レッド・ファントム』、その記録を塗り替えたのが俺!」
「調子に乗るなよ」
「父ちゃんの名前、赤馬っていうんだ」
光は奇妙な気持ちだった。
通常あり得ないであろう、人が馬に変わるということをあたかもなんでもないことのように話す彼らを見て。
だがそこに嫌悪感はなく、いつの間にか会話に引き込まれている彼自身がいた。
ある程度の疑問なら投げかけてみてもいい、そんな受け入れ態勢を感じさせる空気が流れていた。
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