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約束の当日、光は青馬の家に向かった。会う場所も時間も決めないまま連絡を取らなくなっていたため、とりあえず自分から会いに行こうと午前十時頃に家を出た。
青馬の家に着きインターフォンを押すと「はい」と青馬の母親の声が聞こえた。
「あの……日暮です。青馬くんの、友達の」
「――ひ、日暮くん!? あ、ちょっと待ってね!」
急ぎインターフォンが切れると中から走って近づいてくる音が聞こえ、すぐに玄関の引き戸が開けらる。そこに見た静葉の顔に、光は驚いた。光を見るなり、泣き出しそうに悲しげな表情をしたからだ。
「おばさん……?」
「日暮さん!」
「……凪葉ちゃん?」
静葉の後ろで光の名を呼んだのは青馬の妹の凪葉だった。光と視線が合った凪葉は、廊下を踏みしめる細い足を僅かに揺らしながら、兄によく似た大きな瞳から涙を溢れさせた。
「日暮さんっ……お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……」
「凪葉、向こうに行ってなさい」
母に促され目をこすりながら廊下を歩き遠ざかっていく凪葉。明らかにいつもとは違う二人の様子に、光の心は不安と恐怖に支配された。
「あの、俺、今日……青馬と、会う約束を、していて、それで……」
「……そうだったの。あのね日暮くん、青馬はね」
静葉は絞り出すようにその言葉を告げた。
「人間に戻らなくなってしまったの」
光は目の前が真っ白になった。それは一瞬、意識が飛んだかと思えるほどに、息をすることさえ忘れていた。
「夏休みに入ってから、一週間ほどした頃だったかしらね。朝になってもうちに戻ってこないから見に行ったら……その日からずっと」
夏休みに入ってから一週間、それは青馬からの連絡がパッタリなくなった時期と重なっていることに気づいた光はハッとした。青馬は怒っていたわけではなく、馬でいたから連絡できなかっただけなのだと。
このままで帰れない、帰れるはずがないと光は思った。
「おばさん、青馬に会わせてください」
「……ありがとう。青馬も日暮くんに会えたら、きっと喜ぶわ」
光は静葉に案内され、幾度となく通った馬小屋へ足を運んだ。
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