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3 私
頑丈そうなドアノブがついた玄関を抜けると正面にはホールがあり、その先には螺旋階段があった。
私は何気なく大声を出してみた。その声はあまり響かなかった。賢治も隣で同様に大声を出していた。
その時、背後から声がした。振り返ると怒った様子の涼と優しく微笑む凛が立っていた。
「どうして先に行くんだよ」
「ごめんね。つい興奮しちゃって」それに、と言った「最初に柵を乗り越えたのは賢治だよ」
「でもお前もすぐに後を追っただろ」
「それは」と言い淀む。
すると隣で賢治が「それにしても」と呑気な声を出した。
「どうやって柵を超えたんだ? 涼はいけても凛には厳しかっただろ」
「わかってるなら先に行くなよ」
ため息を漏らす涼の隣で、凛は申し訳なさそうに言った。
「涼くんとね、弱ってる柵を探したの。そしたらすぐに見つかって。涼くんが一生懸命壊してくれて、通れたの」
驚いた。凛のためとはいえ涼が他人の物を壊すとは。涼は私の表情から心を読み取ったのか、言い訳っぽく言った。
「この館はもう誰のものでもないだろ。それに当分売れない。柵は元から壊れかけていたんだ。少しくらいいいだろ」涼は頭を掻いた。「それに俺も少しだけ舞い上がってた。今は反省してる」
私と凛と賢治はクスクスと笑った。涼も最初は口を尖らせていたが次第に緩め、同じように笑顔を浮かべた。
それから私たちは四人肩を並べて館の中を歩き回った。秘密基地を作るにもとりあえず全体を把握しておきたかったのだ。でもそれはすぐに終わった。
館は想像していたよりも狭かった。近所にある大きい家のひとまわり大きいくらいだった。
三階建てだった。一階は玄関の正面にあるホールでほとんど埋め尽くされていた。左右に一つずつ扉があったが両方とも鍵がかかっており開かなかった。二階、三階に上がる方法は螺旋階段しかなかった。二階には四部屋あったが中に入れたのは一部屋だけだった。その部屋は昔、寝室に使われていたものだとすぐにわかった。平凡的な大きさの部屋の中央にはダブルベッドがあり、壁際にはクローゼットが並んでいた。中には何も入っていなかった。
三階は二階とほぼ同じ作りだった。細い廊下が続き左右に二部屋ずつ並んでいた。違う点は廊下の奥に二階にはなかった一部屋があった。
鍵がかかっていなかったのは二部屋だけだった。
階段を登ってすぐの部屋はたくさんの物で溢れかえっていた。そこは物置部屋だったのだ。小さなコタツや首だけのマネキン。ラジカセに、割れた花瓶に植えられたサボテン。
この世の物の全てがこの部屋に押し込まれているんじゃないかと思うくらいに、たくさんの物が転がっていた。
私達はお宝を見つけた子供のように漁った。賢治は重量感のあるおもちゃの剣を。涼は所々ページが破れている本を。凛は綺麗に輝く宝石を。私は部屋の隅に転がっていた目が飛び出したネズミのぬいぐるみを手に取った。そのぬいぐるみは十年くらい前に流行ったものだ。
廊下の奥の部屋には小さな机が中央に置かれているだけで、他には何もなかった。
螺旋階段を降り、私達は正面ホールに腰を下ろした。物置部屋から持ってきたものは各自の膝のそばに置かれていた。
「それにしても案外何にもなかったな」
賢治はそう言って大きく伸びをした。隣で涼が言った。
「鍵がかかってる部屋が多いからな。他の部屋にはお宝があったかもな」
凛は綺麗に輝く宝石を眺めてから、その視線を私に移した。
「秘密基地に出来そうなのはあの部屋だけだったね」
あの部屋とは三階の一番奥の部屋のことだろう。
他の部屋は物が多すぎる。選択肢はなかった。私は頷いた。
「そうだね。あの部屋を私たちの秘密基地にしよう」
「でも」と言ったのは賢治だった。重そうな剣をブンブンと振り回す。「なんか秘密感が少ないよな」
「というと」
「誰でも簡単に入れるじゃないか」笑う賢治の表情は、子供がイタズラを思いついた時を思わせた。「館全体にトラップを仕掛けようぜ。あの部屋は俺たちの秘密基地だ。秘密をそう簡単に他人に見せるわけにはいかない」
いい案だ。人の侵入を妨害できそうな物は物置部屋にたくさんあった。
正面ホールの床にはサボテンのトゲをばら撒き、螺旋階段では頭上からネズミのぬいぐるみが落ちてくる。妄想はどんどん膨らむ。
私は皆の顔を見た。各々が楽しい妄想に花を咲かせていた。
決まりだ。「私達の秘密基地には誰も近づけさせない。難攻不落の館を作ろう」
大きな掛け声と共に私達は腰を浮かした。
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