5 私

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5 私

 涼が見つけてきてくれた赤の絵の具のお陰で、マネキンの首はより現実さを増した。私はそれを二階の寝室のクローゼットの中に置いた。開けたら飛び出すように仕掛けも作っておいた。  廊下に出て、螺旋階段を慎重に登り三階に向かった。物置部屋の前にはもう三人が集まっていた。もう各自の持ち場の罠は貼り終えたようだ。  なら、残る場所は一つしかない。私は秘密基地である廊下の奥の部屋を指した。 「各所でトラップを作っても結局は部屋の前までたどり着けたらそこまでだよね」 「そうだな。何か大きな罠を秘密基地の部屋自体に仕掛けないとな」  賢治がそう言うと、凛が恐る恐る背後に隠していた物を私達の前に出した。すると涼が驚きの声をあげた。 「凛! お前は人を殺すつもりか」  凛が出したのはさっき皆で物置を物色している時に奥底から出てきた物だった。それは危険と書かれた箱に入っていた手榴弾だった。凛は慌てた様子で手を振った。 「私だってこんなものを仕掛けるつもりなんかないよ。でも皆が何か大きなものって言うから思い出しただけだよ」 「それでもこれはやりすぎだ。死人が出たら秘密基地どころじゃない」  でも、と言ったのは賢治だった。 「それって本物なのか?」 「どういうつもりだ?」 「こんなところに本物の手榴弾があるとは思えない。ただそう思っただけさ」  確かに、と思った。ここは海外でも戦場でもない。そんなところにガラクタに紛れて本物の手榴弾があるとは思えない。それにこれは秘密基地を守るのに使える。私は凛から手榴弾を受け取ってからじっと眺める。見た目は本物そっくりだ。重さも十分にある。 「これを私達の秘密基地に仕掛けよう」  言うと涼が怒ったような表情を見せて、近くの壁を叩いた。 「もしそれが本物だったらどうする。俺たちは殺人者だぞ」 「あんなガラクタばっかりの部屋にあったんだよ。本当に本物だと思ってる?」  涼は黙り込んだ。凛も賢治も何も言わない。そうだ皆だって心の中ではわかってる。これは本物じゃない。それにこの手榴弾を秘密基地に仕掛ければ最高な館を作れる。 「これを秘密基地に仕掛ける。大丈夫。これは本物じゃない。でも脅しにはなる」  反対する者はいなかった。私は秘密基地の部屋の前に立つ。扉を開け内側のドアノブにタコ糸を絡ませて、そして手榴弾のピンに結ぶ。ドラマや漫画ではそのピンを抜けば手榴弾は爆発する。タコ糸を扉の上にかける。開ければピンが抜ける。見た者は驚くだろう。だってピンが抜けた手榴弾が転がっているんだから。  振り返ると、三人は楽しそうに笑っていた。  私は中学生最後の夏、秘密基地の扉を閉めた。
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