1 私

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1 私

 学校の裏、心臓破りの坂を登り切ると見えてくる山を超えたもっと先、そこにひっそりと佇む光沢のある美しい白色で塗られた館に行こうと提案したのは私だった。  各々が好き勝手に座ってもいつもそこには歪な四角形が作られた。私の対角線上に座る賢治はいつものようにケラケラと楽しそうに笑った。賢治は私達のグループには欠かせないエンジン役だった。賢治の後先考えない行動は私達の背中をいつも押してくれた。 「それはいいな。今年は中学生最後の夏だ。楽しいことはやらないと損だよな」  賢治の同意は想定内だった。面白そうなことにはすぐに食いつく。問題は、と思っていたらその悩みのタネである涼が首を横に振った。 「山を越えるのは校則違反だろ」 「つまらないこと言わないでよ。あと半年で卒業だよ」 「あそこはヤンキーの溜まり場だって聞いたけど」 「昔の話だよ。私のお母さんが学生の時だから、もう十五年は前の話。ヤンキーなんて痛いだけだから、もうその人たちは傷を完治してるよ」  涼は真面目だ。危ない箱は開けない。少しでも危険の香りがするなら近付かない。でもそんな彼にも例外があった。  涼が私の目を見つめた。綺麗な瞳。思わず見とれてしまう自分がいる。 「俺が反対してもお前は行くんだろ」  私は頷いた。予想通りの答えをありがとう、とでも言いたげな顔。涼はため息を漏らした。 「わかったよ。俺も行く。彼女を一人で危険なところには行かしたくないからな」  そう言ってくれると信じてた。私と涼は恋人だ。涼の例外は私だ。涼は真面目で優等生だが、かっこいい男子でもある。優しくて勇ましい。そんなところに私は惹かれたのだ。  ありがとう、と涼に言ってから隣に座る凛に向いた。 凛は柔らかく微笑んだ。「私も行くよ。ちょっと怖いけど皆と一緒なら平気」  私たちのグループはデコボコだ。皆が皆、違う方向を向いている。そんなバラバラの私達がいつでも一緒にいられるのは凛のおかげだ。彼女が醸し出すふんわりとし雰囲気は殺伐とした空気を自然に消してくれた。 「行くなら今からだよな」  賢治が言った。私は頷いたが涼は反対した。 「一つ確認したいことがある」涼は私を見た。「その館には誰も住んでいないのか? 一人暮らしのおばさんが住んでるって聞いたことがあるけど」 「それなら大丈夫。あの館は売りに出されてる。それもずっと前から。あの館には誰も住んでないし、この先も当分売れないだろうってお母さんが言ってた」  涼は他にも言いたそうな顔をしたが、盛り上がった場の雰囲気を壊すのも申し訳ないと思ったのか、渋々首を引っ込めた。 「ところでその館に行って何をするの?」  凛が訊いてきた。私は腕を大きく広げて言った。 「その館を私たちの秘密基地にしたいんだ。来年からは私達、高校生になるでしょ。今みたいにずっと一緒にはいられない。だから皆がいつでも戻れる場所を作っておきたいんだ」  どうかな、と訊くと三人は満面の笑みで笑った。
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