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敏和にとってみれば真也と出会いさえしなければもっと自由に青春を過ごせたのにそれが出来なかった。真也も、恋愛に関して非常に自己本位で敏和の心が自分から離れることはないと彼の人生を真剣に考えなかったのは確かで、加えて長く待った敏和にひどい態度をとったのも事実である以上、自分の言い分を主張するなどとても無理だった。
真也との出会いによって生じた苦しい十五年はごまかしようもなく敏和の心に刻まれる。それは自分で抱え込むしかない。そのことがより一層彼を悩ませた。
真也と一緒になったことで敏和は再び鎖に巻かれる。そんな女が今度は自分の稼ぎをアテにして、俺は真也の生活をこれからもずっと支えなければならないのかと。
もうこんなの嫌だ、真也とは別れたい。
敏和は心底そう思った。しかし子供とは離れたくない、離婚は不可能か。
敏和は葛藤したが、二人の関係の終わりはあっけなくやって来た。真也が体調を崩し入院して子宮体ガンで余命半年と宣告されたのだ。
真也はそれから五年も六年も生きのびるということはなかった。医者の宣告通り一年経たずに死んだ。真也が死ぬ前に痩せた体で子供のことお願いねと悲し気に言うと、敏和は無表情でしかと頷いた。
ああ立派に育てるさ、安心して死ねよ。夏海も悠人も俺の子だ。おまえはただ生んだだけだ。
葬式の日、夏海は涙をこらえていたが、悠人は当然だがお母さんお母さんと激しく泣いた。敏和は悠人を抱きしめた。
真也の両親も娘の早い死に涙を流す中、敏和は葬式代のことがふと頭によぎる。
おまえをあの世に送るのに百万以上も使わなきゃならないのか。
敏和は棺桶を蹴りつけたい衝動に駆られた。
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