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結婚生活、それ自体は平穏なものだった。表向きは。二人の健康な子供にも恵まれ敏和は長女の夏海、長男の悠人を愛した。二人も父親を好いている。敏和の子供に対する気持ちに偽りはない。ただ一つ、あの女真也から生まれたということを除けば。
こんな可愛い子供が、何であいつから生まれるんだ。
敏和と真也は、互いが二十歳を過ぎた頃、同じ職場で出会った。敏和が郷里の九州から京都のバス旅行会社に契約社員として入り、そこでガイドを勤めていたのが真也。ふわっとした柔らかそうな髪、きめ細やかな肌、生来の性格の良さを感じさせるようなあどけない瞳と顔立ちをした真也を見て敏和は彼女に一目ぼれする。敏和にとってそれはただ好きになったということではない。本能的に、これから先、こんな女性には二度と出会えないと感じた。
敏和は真也に接近したが、当然と言うか彼女には付き合ってる男がいた。真也の恋人は職場の同僚で年齢三十前の正社員。しかし真也も敏和に対して恋愛感情を抱いていたのか、今の男に対する不満をそれとなく敏和に伝えたりすると、彼は真也を奪い取ろうと頻繁に彼女に電話をする。それが男に伝わり、敏和は仕事中、彼に肩をこづかれ派手に罵声を浴びせられ、敏和が、真也はアンタと別れたいんだと言うと、男は敏和を殴りつけた。それが上司に伝わると敏和は契約を切られた。彼は手を出したのは自分じゃないと抗議したが、原因を作ったのはおまえだろうと言われ仕方なく職場を去った。
このまま真也と別れるなんて絶対嫌だ。敏和は真也の携帯に会いたいんだ、頼む来てくれと待ち合わせ場所を留守録で伝え、そこに三時間いたが真也は現れなかった。敏和は失意を引きずったまま、滋賀の別の職場に移ったが、一週間後真也は携帯の番号を変えて敏和とは音信不通となる。敏和は泣いた。
それから二か月程して敏和の携帯に見知らぬ番号からの着信が入っていた。敏和にはそれが真也だということは分かった。彼は真也との繋がりが切れなかったことに安堵した。
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