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さんのにじゅう るるのウツが消えた?
【豆柴チョコの回想】
ある朝目を覚ますと廊下の方からアイスの吠える声が聞こえていた。
アイスは血の気が多いのかいつも早起きだった。
俺とミントは急いでるるの押し入れベッドを出てアイスの声のする方に行った。
廊下に出るとアイスが階段の上の方に向かって吠えている。
「わんわんぎゃん!」
と喚いている。
俺とミントもすかさず階段の降り口まで駆けていってアイスにならってそれに吠えかかった。
それはるるの母親だった。
るるの母親は階段の上空にいて、眉を怒らし赤く充血した眼をギュッと開けたままこっちをにらみつけていた。
絶対何かを企んでそんなことをしてるに決まっている。
俺たち3匹は警戒心マックスでるるの母親に吠え続けた。
そうするうちるるが起きてきた。
「わわんわんわん」
アイスが言うと、るるは階段の上にいる母親を見上げて一つため息をつくと、
「ママ、邪魔」
と言って母親の足を暖簾のようにかいくぐり、リビングに降りて行ったのだった。
母親はぶらぶらと揺れているけれど、こっちを攻撃して来る様子はなかった。
「わんわわん」
「わわわんわん」
「わんわんわわん」
俺たち3匹も、るるのように母親の足の下をくぐってリビングに下りたのだった。
それからしばらくして母親は揺れることを止め、階段の上にじっとしたまま動かなくなった。
やっとそこから母親がどいたのは、出張からるるの父親が帰ってきてからだった。
父親が警察に頼んで頑として動かない母親を階段の上からどかして、どこかに連れて行ってしまった。
るるの母親はしばらくしてが帰ってきて、いつものようにリビングにいたが、やがてG教会がくるようになって、真っ黒い顔になっていったのだった。
「Gは人の不在に付け入る」
話を終えた岸田森林が続けて言った。
「やっぱりママが死んだのはあたしのせいだったの?」
話の間黙って聞いていたるるが口を開いた。
そしてるるは声を立てずに泣き始めた。
ボトボトと涙が食卓を叩く音がする。
俺はるるを慰める方法を知らなかった。
俺はただ足下に体をすり寄せてるるが泣き止むのを待つしかできなかった。
突然俺の体が宙に浮いた。
るるの温かい手が俺の腹の下を支えていた。
そしてるるが涙に濡れた頬を俺の体を擦り付けて、
「えへ、ごめんね。涙で濡れちゃったね」
と言ったのだった。
「どうして君のせいだと思うんだい?」
岸田森林がるるに尋ねた。
「あたしがお祈りをしてGを呼び寄せてしまったから」
それに対して岸田森林は、
「それは違うな」
「でも、あたしがお祈りをしなかったらGは来なかったでしょ」
るるは岸田森林に食ってかかりそうだった。
それに対して岸田森林は穏やかな口調でるるに説明をする。
「Gは祈りを食べる。たしかにそうだが、だとしても君のせいじゃない」
「どうしてそんなことが言えるの?」
岸田森林はるるの目をじっと見つめると低いトーンで言った。
「君がお祈りを始めたのは君のママが死んでからだよね」
るるが端から見ても分かるくらい、椅子の上でのけぞった。
キッチンに再び沈黙の時間が流れた。
その沈黙が耐えられなくなって俺は叫んだ。
「わわんわんわわわんわん」
るるの母親の顔が真っ黒になる前から、るるはお祈りをしていたのだ。
でなければ、リビングにいて俺たちを邪魔にしたり、台所で食事を作っていたのは誰だ?
吠えつく俺を岸田森林は目力で黙らせてから、
「君はお母さんの死を受け入れられてなかったんだね」
とるるに聞いたのだった。
すこしの間があって、るるが決まり悪そうに
「そうかも」
と答えた。
「それはずいぶん長い間だね」
「3年間くらい」
「その間、お母さんは?」
「ずっとリビングにいた」
ということは、ずっとリビングで食事を作っていたのはるるの母親の幽霊だった?
岸田森林が、
「そのときのことを思い出してお祈りしてごらん」
とるるに言った。
「こう?」
るるは押し入れベッドでいつもやってたようにお祈りを始めた。
「ママを助けてください」
「だめだな。その時のままお祈りしてごらん」
「やってるよ」
岸田森林は首を横に振って、
「お母さんのことを考えなきゃ。今のGのお母さんのことは忘れて」
「分かった」
るるは居住まいを正すと、再び、
「どうかママを生き返らせて」
するとるるの周りに陽炎が立ち始め、だんだんとそれが形をなし、やがてシンクの前に一つのわだかまりを出現させた。
見ると、シンクの前にるるの母親が立っていた。普通の顔をして真っ黒黒のGではなかった。
「わんわんわわん」
そして、そのるるの母親が
「あら、お客さん? 今、柿ピーとお茶をお出しするわね」
食卓を振り返り笑顔で言ったのだった。
るるが、
「ママ!」
と声を掛けた途端それは儚くも消えた。
るるが困惑した表情で岸田森林を見る。
その視線を受けて岸田森林はゆっくりと言った。
「君が創った想像のお母さんだ」
るるの祈りにGが触発されこの家に来たのは事実だが、Gが介入したのはるるの想像力が作り出す幻の母親だったのだ。
「だから、きみのせいじゃない」
るるが再び大粒の涙を流して泣き出した。
すすり泣きの声がリビングを満たして行く。
その間岸田森林は俺を抱きかかえてずっと頭を撫でていた。
ようやくすすり泣きが終わって、るるが岸田森林に聞いた。
「ならママが首を吊ったのは誰のせい? パパ? おばあちゃん?」
岸田森林は少し考える仕草をしてから、はっきりと言った。
「きっと誰のせいでもないよ。人にとって死を選ぶのは最後の尊厳だからね。誰も介入できないし、誰にも止められない。何かしてあげられたんじゃないかと思うのは残された者の傲慢さなんだよ」
それをるるが納得したかは分からなかった。
ただぽつりとこう言っただけだった。
「ママは寂しかったんじゃないかな?」
「どうして?」
「パパは帰ってこないし、慈恩はおばあちゃんに取られるし、あたしは言うこと聞かないし」
「どうかな。私はそうは思わないけれど、少なくとも君については」
岸田森林が席を立った。
「今日はありがとう」
るるが岸田森林にお礼を言った。
そして食卓の上の名刺の「岸田探偵G務所」を指でなぞりながら、
「あの、お金ないんですけど」
「いいや。いらない。もし謝礼の気持ちがあるなら約束してほしい」
「何?」
「君が高校3年生になったらボーダーとしてストライパーの女子とライバルになるだろう。でも、その相手の子が誕生日を迎える前日になったら、その日だけはその子の味方になってあげて欲しい」
と岸田森林は言って、俺にウインクをした。
「わかった」
るるは快く返事をしたのだった。
これで俺の異世界転生は終わりだ。
俺はこの後すぐに、〆子が俺の手を握り、きららは18歳の誕生日を迎えられない世界に戻った。
そこではストライパーとボーダーがせめぎ合い、変わらず熱盛が嫌な奴だった。
結局俺は魔王も倒さなかったし、青葉るるの鬱も直してやれなかった。
いったい何のために一章分も費やしてイッヌに転生したのか。
「「「あー、聞こえますか?」」か?」
頭の中に響く聞きなれた、一匹遅いやついる声。
「ケルベロス! 説明してくれ。俺は何のためにるるの飼い犬になったんだ?」
「「「まず、ありがとう。るるのことを理解しようとしてくれて」」て」
「理解も何も、あの状況だったら、みんなそうするだろう?」
「「「そうかもしれない。でも、君の耳を貸すスキルがあったからともいえるんじゃないかな」」な」
耳たぶにふれてみた。るるに貸したまんまだったイヤリングがぶら下がっていた。スタウロライトのイヤリング。〆子とおそろなやつ。
「鬱も直せない。ボーダー化も阻止できなかったなら意味ないじゃないか?」
「「「でも今はもう、るるのことサイコパスって思わないだろ?」」ろ?」
「それはそうだが……」
「「「何より、るるのことを正しい時間にもどしてくれたじゃない」」い」
るるはずっと母親の幻像を作り出して母親の死を無かったことにしたいたが、それを思い出した。
でもそれは岸田森林が指摘したからだ。俺のせいじゃない。
「「「チョコには岸田森林は呼べなかった。君だから出来た」」た」
そういうことなら、まあ……。
「「「今後るるは、偽物の記憶が紡ぐ嘘の時間から解放されて本当の未来を生きることが出来る。僕らの狙いは、そこだった」」た」
「僕ら?」
「「「あ、言ってなかった? 僕らだよ。チョコ、ミント、アイスさ」」さ」
あのあとチョコは天寿を全うして、るるに看取られながらあの家で死んだ。
今は林の枯れ木の根元にアイスとミントの思い出と一緒に眠っている。
と、ケルベロスのチョコ、ミント、アイス豆柴兄弟が説明してくれた。
「「「今使ってるスキルだけど。今回のお礼に君に授けられたものだよ」」よ」
「地獄耳か?」
どんなに離れていても聞き分けることが出来る究極のスキル。すごいじゃないか。
「「「ただし地獄にいる僕たちと話ができるだけなんだけどね」」ね」
また、びみょーなやつを……。
「「「じゃあ、用事があったらまた、こっちから声をかけるよ」」よ」
「は? 一方通行ってか?」
「「「地獄耳だからね」」ね」
いらねーよ。そんなスキル。
「「「次の敵はかなり手ごわいと思うけれど頑張ってね。さようなら」」ら」
それでケルベロスの声は聞こえなくなった。
どんな敵が来ても〆子ときららと一緒なら何とかなるとその時は思った。
しかし、次の敵はそんなに甘いものではなかったのだった。
【第三章 完】……第四章に続きますけど。
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ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。
作品は最終章の4章に続きますが、『すたうろらいと・でぃすくーる』の連載はしばらくお休みさせていただきたいと思います。大変申し訳ございません。
現在の所、大体のストーリーは頭の中にあるのですが、新作執筆に注力しているため書く時間の捻出と頭の割り振りが困難な状況です。
再開はおそらく新作が書きあがってからになると思いますので、それまでお待ちいただけますと幸いです。必ず戻ってまいりますので、どうかご辛抱ください。
スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。
今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル
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