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にのなな 慈恩、ヘータイを集める
その日は晴れて気持ちのいい日だった。
〆子も特に何も言わないし、俺は〆子をきららに預け、校舎の屋上に登って康太と一緒に青い空の下に広がる景色を眺めて過ごしていた。
昼休みのことだ。
というと青春にありがちなワンシーンのようだが、実際はそんな清々しいもんじゃない。
原因はあいちゃんの授業だった。
4限目の授業は情報だったから、チャイムが鳴るとあいちゃんが教室に入ってきた。
いつものように過激な装いを期待していた連中から落胆の吐息が漏れる。
あいちゃんが薄汚れた白衣を着ていたからだ。
それでも康太は、
「まあ、白衣とピンヒールだけでも十分いける」
と言って、さっそくノートにイラストを描き始めていたが。
始業の挨拶が終わり、いつものようにあいちゃんが教壇から降りてレジュメを配り始めた。
ところが、あいちゃんが前に立つと最前列の男子生徒たちが、次々とうっ!と言って天井を仰ぎだした。
それと同時に薄紅色のカスミが教室前方に立ちのぼってもいるような。
鼻血か?
何事かと身を乗り出そうとすると、〆子の握力に俺の右手が悲鳴を上げ出したのでおとなしく着席する。
あいちゃんがカピバラさんたちに餌をやり終わり、教壇に戻りかけた時、
最前列の中根さんがあいちゃんに言った。
「あいちゃん先生。お召し物すてきです(ハート」
すると、あいちゃんが振り向いて、
「これか? 前が空き時間だったんで、ジムでワークアウトしてたら時間忘れてな。そのままそこにあった白衣を羽織ってきたんだが」
と言うなり、白衣の前をはじき開けた。
ブワサッ!
現れたのは、びっちびちヨガスーツの妖艶ボディー。
凶暴なエロスが教室を狂乱の渦に陥れた。
前3列の男子は即死。あとの男子も心肺停止状態になったのは言うまでもない。
「ワークアウト、あたしにも教えてください」
中根さんが言う。
「そうか?なら放課後社会科準備室にいらっしゃい。いちからぜんぶおしえてあげる」
と中根さんの外耳を、その長くて白い指で優しくいたぶりながら言った。
それで妄想を極限まで降り切らせ、4割の女子が昇天したはずだ。
とまあ、今この屋上にはG組男子全員と、女子の4割が火照った体を冷ましに来ているというわけだ。
お弁当もそっちのけで。
隣で必要以上にフェンスに頬ずりをしている康太が言った。
「慈恩はもうヘータイ集め出してるってぞ」
閏6月の康太の頭はでっかくはない。
「何の?」
「アルファベット戦の外ウマの」
外ウマというのは、ギャンブルのそれとだいたい同じ意味なのだが、
アルファベット戦の場合は、
決戦までに特進以外の生徒が投票をし、決戦が引き分けだった時にαとβの上等をその多数決の結果で決めることになっていた。
ただ、現在は9割9分9厘きららとくるみのタイマンで決するからあまり意味がないはずではあった。
「で、ショウ、お前どうする」
「何を?」
「ヘータイ」
「どうするとは?」
「お前、幹事だろ。ヘータイ集めの」
「いや、誰がそんなこと決めた」
「熱盛」
うっぜーーー。
票集めの幹事は特進4人衆が指名した特進以外の男女4名が行う。
特進4人衆の指名がないときは立候補も可能だ。
で、俺の知らないところで今回の集票幹事は以下のようになっていた。
特進α女子 井澤きらら指名 女子集票幹事 〆子こと里間ゆい
特進β女子 京藤くるみ指名なし 女子集票幹事立候補者なし
特進α男子 熱盛こと平田航指名 男子集票幹事 俺こと条時ショウ
特進β男子 神河勇気指名なし 男子集票幹事立候補者 北沢慈恩
勝つ気満々の京藤くるみの特進βは、外ウマ票意味なしと見て男女とも指名しなかった。
そんな中、慈恩が立候補したのは、ただただくるみに言い寄りたいがためだというのは見え見えだ。
因みに俺は「前回の」6月には幹事でなかった。
閏6月に入って色々と忙しさが増している感があるが、
そろそろ2度目だと言うことも記憶のどこに置いてあるか分からなくなりつつある。
情報としては脳内に存在しているが取り出すことが難しくなってきているという感じか。
「システム上ユニークであるはずのタイムスタンプが重畳化しているため情報が不用意に上書きされ消失している。消失した情報はディスク上に存在していても、サルベージするにはそれなりの時間と技術を要する」
あいちゃんならそう説明するだろう。
よって、俺は細かいことは気にせずに、未だ平和そのものの俺たちの街を見下ろしながら、康太との友情を噛みしめることにする。
康太が言う。
「最近、俺のゲーム機調子悪くってさ」
そうだ。お前とのつながりってまずはゲームだったよね。
「前言ってたジョイコンドリフトか?」
ハード系の不具合で、スティックを触ってないのに勝手にキャラが動くやつだ。
例えば、敵を高所からスナイプしてやろうとエイムを付けてたら、知らぬ間にキャラが動き出して落下死でゲームオーバーになるとか。
「それは先月タダで直してもらった」
「あれタダで直してもらえるんだ」
「そうだよ、製造元に送ればね」
「そうなんだ、今度やってみよ。じゃあ、調子悪いのって?」
「何んでか、ここんとこフレンド申請やたら来るようになってさ」
「人気者だな。自慢か?」
「ちげーよ。それはいいんだけど、どの人もIDが文字化けしてて申請許可すっと蹴られる」
「文字化け・・・・」
「うん。QWERTYキーでたらめに打ったみたいな」
康太、それG語だぞ。おま、既にやばかったんかい。
放課後の部室で、
「関係ないよ」
きららが言った。集票のことだ。
「あたしがくるみをやるか、あたしがくるみにやられるかだから」
きららが知る限りアルファベット戦が引き分けだったこともないという。
「男子の二人も強いんだろ」
「さあ。あいつらが戦ってるの見たことない。アルファベット戦はいっつも大将気取りで、机5段ぐらい積んだ上でふんぞり返ってるだけだから」
「じゃあ、女子の因縁試合的な」
〆子の握力が音速を突破した。
「いてて。ごめんって、もう」
きららの口ぶりからも、本当に意味がなさそうなのが伝わってきた。
とはいえ、万が一引き分けにでもなったら、きららの後押しにもなるし、αには青葉さんのような知り合いもいるから頑張ることにしる。
保健体育の時間に慈恩がわざわざ俺の所に来て、
「おさるのジョージくん。勝てる見込みあんの?」
と言ってきた。
「ないよ、でも外ウマなんて関係ないってから。きららとくるみで決まるんだし」
「はー、熱盛に指名受けたから少しはヤル気あるんかとおもったら、ただのおかざりかよ。どうせ規約書も見てないんだろ」
「なんだ? 規約書って」
「聞いたか?。素人に限って長いからって規約読み飛ばしてあとから文句言うんだよな」
後ろに集まってこちらを見ているF組連中に言った。
「規約なら、あとで読むつもりだったし」
あからさまな負け惜しみだったが、そう言うしかなかった。どこで手に入るかさえ知らなかったから。
「知らねーんだろ。どこにあるかも。そう思って俺がわざわざ持ってきてやったぜ」
と言って、慈恩は手に持っていた薄っぺらいリーフレットを差し出した。
なんだ、そんなのかと思いながら、差し出されたものと手に取ると、
めっちゃ重かった。焦って手を滑らせ、リーフレットは通路の真ん中に大きな音を立てて落ちた。
教室中の注目が俺に集まる。恥っず。
紙に見せかけた鉄板か。くっだらないイタズラしやがる。
F組集団が指さして笑っている。はいはい。おもしろいですかーー?よかったねー。
何人かがスマフォをこちらに向けて撮影をしている。
中にはかなり本格的なビデオカメラを構えているものもいた。
「わるいな。配信に使わせてもらうから。ちゃんと規約読んどけよ。読まずにあとでごねるのはなしな。ただし、お前には重すぎて読めねーだろうがな」
そう言うと鉄板をそのままにF組集団の方に戻って行った。
俺は、情けないとは思ったが鉄板を拾って手元に置いた。
屈辱というのはこれほどにずっしりと重いものなのか。
いや全然違う。これはただの鉄板だし。
見ると確かにそれは鉄板だったが、そこには規約らしき記述が刻まれていた。
なるほど、これは俺には読めんわ。
だって、そこに書かれていたのはG語だったから。
康太が逐一俺の所に報告に来る。
「慈恩、先生たちまで取り込んだみたいぞ」
「C組もD組もE組もF組も、G以外は過半を慈恩が持ってるって」
「慈恩のやつ、票くれた人に抽選でプレゼントするって触れ回ってる」
それには少し心が揺さぶられた。
「何くれるの?」
「アイパッドだって。前から俺欲しかったんだよね。βに投票しちゃおうかな」
康太、それはおそらく偽物だぞ。
あいつの配信で「1000円ガチャ10万円分やるまで帰れまテン」やってて、そればっかり20個くらい出してたの知ってる。
たしか商品名もアイパッドじゃなくてアイバッタだった。
「アイパッドをめっちゃ発音よく言ったらアイバッタになんじゃね」
という慈恩のセリフが受けて、珍しく再生回数が10万越えてた配信だ。
今更だが、結局これは人気投票だ。
普段〆子とだけ一緒にいて、鉱石なんかいじってる陰キャで底辺の俺と、
配信で知名度があって、金もある慈恩とまともに争えるはずがない。
結局、「面白いもの勝ち」の男子票のほぼ全部がβに行ったようだった。
あとの頼みは女子票の行方。
集票幹事の〆子は何もやってない、だから机の上は、
得票の山だった。なんで?
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ここまで読んでいただきありがとうございます。
まあ、知名度にまさる慈恩にショウが勝てるとは思いませんでしたが、
〆子こそ学園に知り合いなしって感じなのになんで山の様に得票してるんでしょうか?
それは次回で。
女子の事情ってホント複雑。
次回の更新は
11月01日(日)朝8時
になります。
よろしくご期待ください。
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今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。
takerunjp
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