にのじゅう くるみ、「天上天下未唯我独尊」を背負う

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にのじゅう くるみ、「天上天下未唯我独尊」を背負う

くるみは後ろを振り返りもせず、さっさと先を歩いてゆく。 〆子と俺は置いて行かれないよう、早足でついて行ったがその心配はなかった。 すぐ目と鼻の先にある細めの雑居ビルにくるみが入って行ったからだ。〆子と俺もそれに従う。 スナックとか麻雀屋とかが入ったその雑居ビルには、エレベーターはなく、 照明も灯らない暗くて狭い階段を使うしかなかった。 「悪いな、こんなとこに付き合わせて」 「う」 「なんて?」 「あ、全然オッケーだって言ってます」 「そか。ゆいはやさしいな」 最上階のさらに上の屋上に出た。 夜空の星がきらめいていたらいいのだけれど、ここはおそらく空はない。 G色の天井が不気味に広がり地上を圧迫していた。 「まあ、むさくるしいとこだけど」 といって、屋上の端にある掘立小屋のようなプレハブ家屋に招じ入れられた。 アルミの引き戸を開けると部屋の真ん中に白熱灯がぶら下がっているのか見えた。 ソケットにひねる式のスイッチがついたやつだ。 先に入ったくるみが電球のスイッチを入れる。 「あがれや」 部屋の中はこざっぱいりとしていた。 というより女子の部屋とは思えないほど何もなかった。窓もはめころしのが一つだけだ。 靴を脱いでかまちをあがると、6畳間と2畳ほどの板敷きの間取りで、 板敷きにシンクとガスコンロ、小型の冷蔵庫。 「便所は外だから」 とくるみ。 6畳の真ん中に布団が掛かってないこたつ台。畳んだマットレスが端に寄せてある。 部屋の左手隅に黒いハンガーラック。 チャックで開け閉めするビニール製のやつで、金文字のロゴでJPSとある。 「まあ、すわってくれろや」 とくるみは言うと、冷蔵庫を開けて白い箱と壜コーラを出しこたつ台に置いた。 「ゆい、たのむ」 〆子にテーブルの準備を頼むと、くるみはハンガーラックの前まで行って、制服を脱ぎだした。 紳士な俺は言われずとも目をつぶる。 唐突に〆子の握力がカウパーベルトを飛び出した。 「ボイジャーよ永久(とわ)に!じゃなくて、痛いよ、なに?」 「耳」 くっそ、としたことを悟られた。 聞き耳を立てるのをやめる。 ハンガーラックを開けるチャックの音、ハンガーをかけなおす音、シュルシュルという衣擦れの音、服を着ているらしい音、何かをカチャカチャいわせる音の後、 ぶわっさ! 「いいぞ」 とくるみが言った。 俺が目を開けると、テーブルの上にはショートケーキが4つとコーラが4本。 そしてくるみは、 白のニッカポッカに細身の蛇柄ベルトを長めに垂らし、胸までさらしで巻いた上に 純白の特攻服を着ていた。 「どうだ?」 「う」 「なんて?」 「かっこいいって、後ろも見せてくださいって」 後半は俺の希望。 「おう」 そこにはヤンキーの金言。しっかりというかやっぱりというか、 「天上天下唯我独尊」 が背面いっぱいに金刺繍で縫い付けられてあった。 「ちが」 〆子が心の声で言った。 「なにが」 「刺繍よく見ろ」 よく見ると、なるほどそれは少し違っていた。 「天上天下我独尊」 一字多かった。 「てんじょうてんげがどくそん。今日のために仕立てたんだ」 世界でただ一人星形みいだけが大切。という意味だろうか。 正しく書き下すと、 「天上天下未だ我ただ一人尊からず」となって、くるみの孤独が際立ってしまいもするが。 そして、このケーキは、 「悪いな、今日はみいの誕生日で、一人でも多く人に祝ってもらいたくて用意した」 「ふん」 「なんて?」 「呼んでくれてありがとうだそうです。あ、俺もです」 「こちらこそ、そう言ってくれたらみいも喜ぶ」 くるみと〆子と俺の3人でここにはいない星形みいの18歳の誕生日を祝った。 ただ、主役の星形くるみの不在のせいで、誕生日というより命日のような感覚がどうしてもぬぐえない。 それをくるみも感じているのだろう、 「ハッピーバースデーはやめとこう」 と言った。 でも〆子がどうしてもと言ってきかないので、 ろうそくを箱に18本ぶっ刺して火を灯し、 「ハッピーバースデー、トゥー、ミー」 と3人で歌った。歌い終わってくるみが火を吹き消し、 「ゆい、ありがとな。やっぱあきらめちゃだめだよな」 「ふん」 「なんて?」 「そうだよ、あきらめる必要なんてないからって言ってます」 「まだ決まったわけじゃない、決めるのはその時の自分、か」 くるみが何かを思い出すように言った。 「ふん」 「なんて?」 「そうだだそうです」 星形みいの生死が未確定のまま保留されている今の状態は、 神河勇気のおかげでアルファベット戦後も維持はできそうだけれど、 くるみの本当の望みはそこにはないことは明白だった。 〆子はその結果も本当は知っていたりするのだろうか。 それならば、真実を言ってあげればいいはずだ。 もし知らないのなら、それは単なる気休めの言葉になる。 ある意味真実を告げるより、無責任で残酷な言いようだ。 この頃から俺は、〆子のことがわからなくなりつつあったのだと思う。 〆子は俺のイチゴを許可なく頬ばり、 「う」 「なんて?」 「イチゴくださいって」 「バーカ。取っといたんだよ。やれねーから」 「う」 「なんて?」 「じゃあ、みいのならいいかって」 「どんだけほしがりやさんなんだ。かわいいな」 と言うと、くるみは〆子の頭を撫でて金髪をくちゃくちゃにしてから、自分と星形みいのイチゴを〆子に渡した。 〆子はそれを二つとも一緒に頬張った。 見れば見るほど二人はとても仲のいい姉妹のようだ。 でも本来は敵同士なんだよな。 Gがどんな意図でストライパーとボーダーを分けて戦わせているかなんて、俺らには到底理解できないのだろうが。 ケーキを食べ終わるとくるみが、立ち上がって、 「出かけてくる。ここにいるか?いるなら鍵を置いてゆくから勝手に帰れ」 「う」 「なんて?」 「ついてゆくそうです」 「そうか。なら一緒においで」 そう言うと、くるみは再び冷蔵庫を開けて、中から白いバラの花束を取り出した。 祝いの花なのだろうが俺には手向け花の様に見えた。 「いいかげんにしろ」 〆子の心の声が言った。 いちいち死の匂いをかぎ取るのはやめろと言いたいらしい。 しかし、生きていて死んでもいる星形みいには、微かな生に死の影がどうしても重なって見えてしまうのだった。 「う」 「なんて?」 「自分も特攻服を着たいそうです」 「おー、そうか。でもあったやつは疾うに後輩にやっちまってないんだよな」 「う」 「なんて?」 「どんなのがあったのかだそうです」 「黒、紫、赤にそれぞれ『夜露死苦』『愛羅武勇』『喧嘩上等』って刺繍はいったやつ」 「う」 「なんて?」 「ほしかったそうです」 「今度な、次は絶対ゆいにやっから」 「う」 「今のはさすがに分かったぞ。嬉しいだろ」 「いいえ、う、だそうです」 「そこは嬉しいにしとこーよ。オプションくん」 あきれられた。 くるみは家を出るとそのまま階段を降り、大通りに向かって歩き出した。 大通りを渡り、脇道をしばらく行って着いたのは、あの廃ビルがある路地だった。 少し先を行くくるみの背中がキラリと光ると、 次の瞬間、右手にスワロフスキのデコ木刀が握られていた。 「ここから先は一人で行く」 くるみは、〆子と俺にそう言うと、廃ビルに向かって踏み出して行った。 だが、数歩行って立ち止まり、 「そうだ。いいこと思いついた」 と独り言ちて戻って来て、申し訳なさそうに左手で頭をかきながら、 「ちょっと、頼みがあんだけど」 と言った。 「う」 「なんて?」 「なんて? だそうです」 と答えると、くるみは俺に、 「そのピアス貸してくんね?」 と言ったのだった。 -------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 まったく、油断も隙も無い奴です。ショウは。 作者が設定をド忘れしてるのをいいことに覗きをしようとしたんです。 くるみの着替えのシーンです。 紳士のふりして目をつぶったらばれないと思ったようです。 耳で見れる能力あったじゃん!(気づいたときは、あきれ笑いしてました) 速攻で〆子に阻止してもらい公開には間に合いましたが、ギリギリでした。 次回の更新は 11月07日(土)朝8時 になります。 ご期待ください。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 takerunjp
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