いちのに 手つなぎっ子の〆子

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いちのに 手つなぎっ子の〆子

  ここはTCリサーチのマンション社宅で、5階建ての3棟続きになってる。 俺の家は1棟の5階の端っこで、今から行くのは一つ向こうの3棟だ。  実は学校よりこっちの時間のほうが俺にとっては重大だ。 少しでも遅くなったら、学校に着くまでずっと憂鬱な時間を過ごさなきゃならなくなる。 だから、一秒でも早くあのドアの前へ。   玄関を出たらエレベーターを待たず、階段を3段抜きで飛び降り 2棟のエントランスを駆け抜け、3棟の外階段を駆け登り 待ち合わせの玄関前まで猛ダッシュだ。 「セーフ」 まだ出て来てない。流石に3分遅れてたから、やばいかと思ったけど。 今日は俺の方が早かった。いや今日もか。この数日というもの、あっちの方が遅い。なのに、なぜだか不機嫌だ。 ガチャ! 玄関のドアが開いて出て来たのは、白さが眩しいセーラー服女子。 くせっ毛をゆるめの三つ編みにして、うつむき加減にこちらをちらっと見た瞳は、 澄んだ天青石のようだ。 「おは」 こいつは〆子、っていうのはあだ名で、里間ゆい。親が母さんの同僚で、 この社宅マンションに生まれた時から住んでる。 もちろん俺もずっとここだから幼馴染ってわけだ。 さらに言えば、生まれた日も同年同月同日で、 「まるで双子のようね」 だったそうで、赤ん坊の時は色違いの同じベビー服着て同じベビーベッドに 寝てたらしい。因みに〆子が青で俺が赤のベビー服。 「朝から何、その暗い顔。なんか文句ある?」 朝弱いのは分かってる。低血圧できついのも。 だからって学校まで不機嫌顔で文句だらだらってのはどうかって思う。 明るく楽しく登校してくれれば、俺はめっちゃハッピーなんだけど。 「なんで遅くなったかなんて、 ショウには分からないでしょうけどね、 しんどい日なの、今日は」 ここらへんで説明しておくと、これは〆子の心の声。俺は何故だか、心の声が聞える。 ただ誰でもと言うわけでなく、〆子のだけなんだけど。 で、〆子はそれを分かっていない。と思う。  今は一言二言なら話すようになったれど、〆子は小さいとき 人とのコミュニケーションが取れなかった。両親とも疎通ができない状態だった。 それで、小学校に入る前の検診で自閉症または発達障害児童に分類された。 入学を予定していた小学校からはマイルドな口調で辞退を促されて、 特別養護学校へ行くことがほぼほぼ決まりかけた時、母さんが申し出た。 〆子は誰が何を言っても無反応でも、俺とはコミュニケーションが 取れていると。 それはそうだ。生まれてからずっと〆子は俺に心で話しかけていて、 俺はそれを聞いていた。俺は〆子に言葉で返し、〆子はそれを理解した。 それが当たり前だった。 結局、俺を〆子のそばに付けるということで予定通り小学校進学が許された。 それ以来ずっと同じ学校の同じクラス。  ついでに言うとピアスの片割れでもある。〆子の家は左耳にする。 里間と条時の両家は親戚でも何でもないから、 想像するにこのピアスのしきたりって 「きゃー、かわいい。ねえ、双子ちゃんみたいだから、 おそろのピアスつけさせようよ、一生」 とかいう親同士の恥ずかしくも怖ろしい約束なんじゃないか。 「ん」 鼻息強めに〆子が手を差し出す。手を繋げの合図だ。俺が無視してると、また、 「ん」 「そろそろよくね。俺たち付き合ってるわけでもないし」 「ん」 これ以上拒否ると、怒涛の不満攻撃にあうから応じると、 「さっさと繋げっての。女の手ひとつも握れねーのか、カス」 こんなにかわいい顔してても、心の中の声はこうだ。  俺と〆子との手つなぎ登校は小学校から続く習慣だ。 〆子は小学校入学当初、俺が手を繋がないと一歩も動こうとしなかった。 今は多分、一人でも大丈夫なんだろうけれど、俺と手を繋がないと 学校に行こうとしない。だから俺が風邪などひいて休むと、 当然のように〆子も休む。 〆子が病気の時は、これが不思議なことに11年間一度もなかった。 色白で痩せてて病弱そうだが、〆子は信じられないほど健康ってことだ。 この手繋ぎが、俺の学校生活をややこしくしている。 毎日、毎日、俺は〆子と手を繋いで登校する。帰る時も同じだ。 入学した日からこれだから、すぐに学校中の話題になって、 あいつらは付き合ってるってことにされてしまう。 ピアスのこともあって、どんなに〆子のことを説明しても相手にされない。 好きになった子に本気で告ったのに、 「ゆいちゃんがいるじゃん。サイテーか? お前」 と相手にされなかったり、 俺はワンちゃんイケメンでないこともないんじゃないかとごくごく控えめに思っているから、 逆に俺を好きになってくれる女子だって今までいないはずはないのに、 一度も告られたことがない。 それを俺は「〆子の壁」と呼んでいるのだけれど、〆子の方はそんなこと まったく気にもしていないようなのだ。 それで、〆子が俺のことをどう思っているかと言えば、 心の声に俺と付き合ってるというにニュアンスを感じたことはないから 幼馴染以上でも以下でもないらしい。 もしかしたら「使い魔」くらいの扱いかもしれない。 まあ、俺からしたら〆子は手繋ぎ鬼の最初の鬼なわけだが。 繋いだ手を離したらゲームは終わりって意味で。 ------------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 〆子こと里間ゆいの登場です。中心的登場人物の一人です。 〆子の心の声の口の悪さはいったい誰に似たんでしょう。 もしよろしければお気軽に感想、レビュー等お寄せいただけるとうれしいです。 またスター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 takerunjp <作者による〆子図> 9e3643f9-c4b0-4e21-b8c8-576b9587e465
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