にのじゅうご くるみ、シャバ僧にヤキを入れる

1/1
26人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ

にのじゅうご くるみ、シャバ僧にヤキを入れる

くるみは小瓶を飲み干すと、腕を突き出しニャンコのように伸びをした。 「よっしゃー!復活」 「あのね、お姉。実は」 「まだあんの?」 「うん」 「言ってみそれ」 「カー子ちゃんをあんなにしたのウチだと思う」 星形みいと一緒にいたことが、カー子の依存性向を刺激したんじゃないかと言った。 星形みいの「ネゲントロピーの雫」は猛烈な依存性を持っており、近づくだけでも虜にしてしまうことがあるという。 「そっか。でも、お姉はあーならなかった。状況は一緒だった」 「そうなの。なんで、カー子ちゃんはあーなってお姉はならないかって、ずっと不思議だった」 くるみは星形みいと顔を見合わせているが、答えは分かっている風だった。 「それは、お姉もみいと同じだったからだ。カー子は本当のパンピーだったから毒にやられた」 「う」 「なんて?」 「くるみさんもGに憑りつかれてたの?と」 「そうだ。生まれた時からいつもGといた。Gとは知らずにお友達だとずっと思ってな」 空想癖のある子供は多く天使や見えないお友達を連れている。 それはファンタジーや物語の源泉だが、そこにGが忍び込んでいる場合があるということらしい。 それでくるみは星形みいに浮遊霊が憑りついてると思っても不思議でなかったのだ。 「そういうものだと思っていた」 「う」 「なんて?」 「引き寄せあったんだねって言ってます」 「ああ、幸か不幸か。二人は小学校4年で出会った」 星形みいはおばあちゃんを攫われた時だ。 「くるみさんは4年生のとき何かあったんですか?」 「そのお友達が目の前に現れた」 「G?」 「多分な」 「やっぱり、目鼻口なしの真っ黒顔?」 「いや、顔は分からなかった。そいつは目の前に立ち塞がるとタロットカードを引いて見せて、消えた」 「う」 「なんて?」 「カードは何だったか?って」 「節制だった。その日にみいがクラスに転校して来た」 タロットの中でも意味の強いカード群、大アルカナの14番目のカード。 意味はそのままの節制だが、絵柄は大天使ミカエルが生命のエキスを器に移し替えている姿になっている。 俺は、きららが転校して来た日に母さんが引いたタロットのことを思いだそうとした。 しかし、そんな大昔のもの覚えてるわけないだろ。 「戦車だ」 〆子の心の声が言った。 だそうです。 大アルカナ7番のカードだ。意味は、ウィキによると 「援軍・摂理・勝利・復讐」 きららという援軍を得たというのは、あの時の俺の気持ちそのまんまだ。 母さんのタロット占いもバカになんないと今更ながら思った。 「それ以後、お友達は現れなくなった。みいがその代わりになったのかもしれない」 くるみは勢いをつけて立ち上がると、 「来いやサンピンども」 と言ったが、それに答えた星形みいが、 「サンピンさんはみんなここにいると思うよ」 と寂し気に言った。 二人の周りに充満する黒汁の元はレディースの皆さんだ。 「そっか。トリマ、こっから出ること考える」 というと、デコ刀を握りなおし、その場をやたらめったら薙ぎ始めた。 しかし、切っても薙いでも埒が明かない。 くるみのデコ刀が作る隙間に黒汁がなだれ込んでくるからだ。 それでも「ネゲントロピーの雫」を飲んで人外の力を得たくるみは、 猛烈な打撃を繰り返しては、少しずつだが黒汁にクサビを打ち込んでゆく。 今や俺の耳に見えるのは、くるみが外壁まであと数メートルのところでデコ刀を振いまくる姿だ。 その刀身が見えないほどの速さで周囲を薙ぎ払い、ついに外壁にたどり着こうとしたその時、 くるみが肩を抑えてその場に跪いた。 「やっとお目覚めかーい。くるみちゃん」 カー子の声だった。 こちらから死角になった廃ビルの陰にカー子がいて、くるみの肩をそのねじくれた腕で刺し通したのだった。 すかさずくるみは立ち上がりカー子を迎撃するも、攻撃を避けるのが精いっぱいだった。 攻撃と押し寄せる黒汁とに翻弄されながら、くるみは必死でデコ刀を振るい続けるが、あてどないその繰り返しに段々と押し戻されてゆく。 やはり今しがた力を得たばかりのくるみと、一日の長ともいえるカー子では力の差は歴然としているのか。 黒汁の狭間から、突き出てくるカー子の黒いねじれ腕は見切ることも難しいのか、くるみは体のあちこちに傷を増やしてゆく。 次第に膝折れる場面が多くなり、中央に圧し戻されながらも、再び星形みいのいる中央から外壁に向かってゆくるみの姿は、シーシュポスのそれのように徒労そのものに見えだした。 倒れては立ち上がり、またデコ刀を振って黒汁をさばく。はじき返されて星形みいのもとに圧し戻されて、また立ち上がる。 そんななか、くるみがおかしな動作をしていることに俺は気が付いた。 ときどきデコ刀を持たない左手を上に向かって差し出そうとしている。 カー子の攻撃と寄せくる黒汁にそんな暇などあろうはずもないのに、余計な動作が入る。 耳をいっそうそばだててみる。 手だった。くるみがその不自然な動作をするとき、上部から黒い人の腕が差し込まれてくる。 どうやらそれに反応しているらしい。 黒い人の腕。くるみが反応。カー子の攻撃。回避。黒汁。カー子の攻撃。回避。黒汁。黒い人の腕。 そういうタイミングだ。 そして、くるみの左手と黒い人の腕がついに繋がれた時、その腕の持ち主が廃ビルの屋上に顕現した。 パジャマ姿のその女子はくるみの左腕を掴むと、そのまま一気に引き抜いた。 廃ビルの屋上に現れるくるみ。黒汁を頭からべっとりかぶって、もうピンクかどうかもわからない髪をしている。 かたや、引き抜いた女子の顔は分かりすぎるほど分かった。 きららだった。 「誰?あんた」 「あんたこそ、誰?」 どうやら知り合いじゃないようだ。 「ま、助けてくれてありがとう」 「どういたしまして。で、これからどうするの?」 「ちょっとそこの奴にヤキ入れてくるから、待っててな」 と言うなり、屋上からジャンプすると呆然と見上げるカー子へ打ち掛かって行った。 ガッキ!キラキラキラーン。パラパラパラパラ。 スワロフスキのエフェクトが復活した。 しかし、最初の一撃はカー子に受け止められた。 続けざまの横に薙いだ2撃目は、見事にカー子の腹を切り裂く。 そこからほとばしるのは、赤い血ではなく、黒汁。カー子もまたレディースの皆さんと同じ体になっていたのだった。 ただ、他と違ったのは、おそらく星形みいの側にずっと一緒にいたことで、 カー子に特別な耐性を育ませていたのかもしれなかった。 だから、首がもげるまでには至らなかった。 「シャバ僧じゃねーの」 そう言うと、くるみは己の背後の空間を十字に切り裂いて、必殺の一撃をカー子にくらわし、止めを刺した。 そのすさまじい攻撃は、おそらくカー子には過剰だったのだと思う。 運命を甘受する人のごとく棒立ちだった。 ボーダー最強の戦闘少女、京藤くるみの誕生である。 「戦闘美少女って言えな」 とは、特攻服のくるみ。 くるみは大の字に倒れたカー子の傍らにしゃがみこむと、その胸に手刀を立てて胸を切り裂き、 星形みいがやったように、心臓から光輝く雫を絞りだして、小瓶に移し替えた。 「カー子、これでガッコに帰れるよ」 胸を元に戻し、ポンとたたく。 「姉さん」 しおらしげな声のカー子。 「いまさらお礼とかいらねーから」 「オレも姉さんにギュウしてほしかった」 「バカな奴だな。言えばいつでもしてやったに。ホレ来い」 くるみはカー子を抱くとギュウとした。 カー子とくるみはしばらくそのままでいたが、やがてカー子は光になって消えていったのだった。 「で、そこの屋上の人?名前はなんて?」 「あたしは井澤きらら、学園の1年A組です。お嬢、あなたは?」 「ならおな高だ。1年B組、京藤くるみ。以後よろしゅうに、姐さん」 ここで二人は初めて名乗り合ったのだった。 「でもなんで?」 「あたしにもわかない。寝てたら突然ビルの上にいて、下から声がするから手を入れると武器じゃなくて、くるみちゃんが付いて来たの」 と言ったのは、いつの間にか背後に立っていた学園の白いセーラー服を着たきららだった。 「どして?」 「いっつも3人だけで楽しそうなことしてずるいなって。だからこっそりついて来ちゃった」 「さてと、そろそろ帰るか」 と特攻服のくるみが立ち上がる。 あっちでも同じことを言っていそうだった。 特攻服のくるみは再びデコ刀を横に薙ぎ最後のG空間を開いた。 G空間に飛び込む際に振り向くと、廃ビルに向かってくるみが話けているのが見えた。 「まだ決まったわけじゃない、決めるのはその時の自分だ」 くるみがそう言うのが聞えた。 それに星形みいが何か答えたようだった。 でも、すでに異空間に足を突っ込んだ俺の耳にはその内容は届いてこなかった。 気付くともとの廃ビルの前にいた。 黄色い街灯の下で特攻服のくるみと〆子ときららが立ち話をしていた。 「これ返す。このピアスのおかげで、ずっと引っかかってたことを思い出せた。ありがとな」 くるみは、デコ刀に付けたスタウロライトのピアスを外すと〆子の掌に乗せた。 「う」 「なんてーーー?」 くるみが少し離れた俺に聞いて来た。 「思い出すって?だそうですーーー」 「ああ、ボーダーは縦が苦手だ。だから昔のことを思いだすのに苦労する」 「あたしたちストライパーが横が苦手なのと逆なのね」 きららが答える。 「そういうことかもな。あんたらのピアスのおかげで意図したところに飛ぶことが出来た。おかげでいろいろ気づけたよ。じゃあな」 くるみは俺たちに背中を見せて立ち去りかけた。 だが、数歩行くと思い出したように振り返り、 「ゆい。アルファベット戦終わったら、この特攻服お前にやるな」 と言った。 「う」 「いまのは、さすがにありがとうだろ」 くるみがものすごくメンチを切ってくる。その目が違うって言ったらしめんぞゴラッと言っている。 「です」 俺は、力に屈するタイプの男だ。 本当は、 「みいちゃんにあげて」 だったのに。 皆でくるみにバイバイして、商店街を後にする。 アーチをくぐろうとした時、 タッタラタラタラター と効果音。レベルアップの音? 「なんだ?」 〆子が着メロを鳴らしたのだった。 「二等兵殿は、異能力『耳を貸す』を手に入れた」 〆子の心の声が言った。 「おめでとー」 きららが拍手した。 「耳を貸す」か。 ちっとも嬉しくない。 角が取れて丸くなった元ヤンの能力のようじゃないか。 「マスター聞いてくれよ。俺ガッコで先公にさ・・・」 「まあ、そう怒るな人生なんてそんなもんだ」 的な。 俺もいつかは、くるみの必殺技のような、えぐいの通り越して神々しくさえある能力を身に着けられるんだろうか。 〆子が手を引た。そして 「次ぶっ飛ぶときは注意だ」 と気になることを言った。 --------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 カー子はどうやらガッコに戻ることができたみたいですが、 レディースの皆さんはあのままです。 くるみは星形みいとの約束を守って彼女らを助けられるのでしょうか? 次回は慈恩の物語にお付き合いください。 何で慈恩はボーダーになったかとか、Gがバックってどういうこととかのことです。 次回の更新は 11月15日(日)朝8時 になります。 ご期待ください。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 takerunjp
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!