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にのにじゅうさん アルファベット戦後半戦(上)
きららの騎馬とくるみが対峙してすでに30分が経っていた。
どちらも微動だにしない。
西の空は既に茜を紺青に移し始めている。
暗みゆく体育館裏。
ガン!ガン!
大きな音とともにライトが点った。
ライトが照らすべき相手を探す。サーチライトのようだった。
そんなもの、やっぱり学園の備品にあるはずないから、これも慈恩のものだろう。
その証拠に櫓の上でサーチライトを操るのは佐々木海斗たちF組勢だった。
で、最初にスポットされたのは、電光掲示板の上の慈恩だ。
「てめーじゃねーから」
「大将に当てろ!」
野次が飛ぶ。
サーチライトがくるみと俺たちきららの騎馬を照らす。
相変わらず二人の大将に動きはない。
貴賓席のGが声にならない声で不平不満を口にしているのが見える。
観客の生徒は何か次があると思っているのだろう、固唾をのんで見守っている。
だが二人はこのまま動かないだろう。
何故なら日没を待っているから。
アルファベット戦の制限時間。
今日の日没時間19:00。
あと10分だった。
地下鉄の中で、くるみが〆子に言った。
3人で星形みいがいる廃ビルに向かった時だ。
「今回のアルファベット戦は引き分けに持ち込むことにしたよな」
「え?それってきららも承知の?」
「う」
「なんて?」
「承知だそうです」
「そっか、オプションくんはあの時いなかったか」
星形みいとくるみの過去からこっちに戻った時のことらしい。
俺は少し遅れたが、その時くるみときららと〆子の3人は立ち話をしていたのだった。
「アルファベット戦に勝ってもみいが生きている気がしない」
その時は〆子もきららも俺もいつかの過去にぶっ飛ばされてしまっている。
「でも、あのジャンクヤードの倉庫でゆいと二人の過去を眺めていた時、なぜだかあんたたちと一緒なら、生きてみいに会えるんじゃないかと思ったんだ」
「う」
「なんて?」
「きっと、生きて会えるだそうです」
「ゆいはやさしいな」
くるみは〆子の頭をワシワシと撫でた。
「ただしだ、それをGが許すかわからない。みいを排除するつもりなのかもしれないからな」
外ウマで干渉してきたこと自体がそれを匂わせていた。
「無理やりにでもきらら姐さんを刈り取りに行かされる。そうなったら、行くとこまで行ってしまう。自分では止められない」
エントロピーの種を求めるネゲントロピーの雫の衝動で、くるみの理性など消し飛んでしまうという。
人でなくなるのだ。
「きっと止めて欲しい」
それがくるみの願いだった。
「う」
「なんて?」
「方法はあるのかって」
「みいに会ってくれ」
そして〆子と俺は廃ビルに向かったのだった。
制限時間まであと1分を切った。
何かあるだろうというのが、くるみの予想だったが、
Gのいる貴賓席は不気味な沈黙が続ていた。
もしかしたら杞憂だったのかもしれない。
あいちゃんがマイクを手にした。時計に目をやる。
ガガ!放送が入る。
「制限時間になりました。両大将は一旦各陣地に戻るよう」
きららの騎馬とくるみがそれぞれの陣地に戻る。
それを確認してあいちゃんが再びマイクを取って、
「今回のアルファベット戦は時間により引き分けとします。よって特進αとβの上等は外ウマの結果を参照します」
予定通りの進行になった。
既に全員の投票は終わっている。
同数になるのも確約ずみだ。
電光掲示板がスポットされる。
ドゥルドゥルドゥル!
ドラムロールはあいちゃんのスマフォから。
ジャーーーン!
「150対150。引き分け」
そのはずだ。神河勇気の因果捻じ曲げは誰にも干渉できない。
これで、今回のアルファベット戦は終了。
二人の大将が握手をかわしに歩み出ようとしたその時、
「ちょっとまったーーー!」
スポットライトが照らしたのは慈恩だった。
「アルファベット戦規約第2080Gを発動します!」
場内がどよめくと思ったが、誰一人言葉を発するものはいない。
何故ならあんな長大な規約など誰も読んじゃいないからだ。
ご丁寧にも印刷したのだろう分厚い規約書を手に、慈恩が不敵な笑みを浮かべた。
「アルファベット戦規約2080G、集票幹事特項、集票幹事はその責務を遂行した場合、その功を労い次の特権を与える。
1.自分の投票を1度に限り変更することが出来る。ただし、この特権を有すのは立候補した集票幹事のみとする」
規約を読み上げてもやっぱり歓声もどよめきも起こらなかった。
同じ集票幹事の〆子や俺は指名なので対象外、慈恩だけが適合する慈恩のためにあるような項目だったせいだろう。
「規約ちゃんと読んでおけよ」
保健体育の時の慈恩の笑みが思い出された。
慈恩が先に投票したのは言わずもながの特進βだから、投票を変更するとは特進αの勝利を意味する。
だが、それはもっと重大な意味をもっている。
星形みいの存亡だ。
外ウマの結果が引き分け以外の時は、星形みいの死んでいて生きてもいる状態が、死の状態に決する。
そうGが介入したのだった。
俺は暗闇の中のくるみの表情に聞き耳を立てた。
だが、くるみには特に変わった様子はない。
神河勇気の因果捻じ曲げを信じているのだろう。
慈恩はそれを知らず、自分のしたことが茶番だったともうすぐ思い知るだろう。
慈恩が集計カウンターに手を伸ばす。
そして、特進βの1票を特進αに振り替えるためボタンを押した。
「あれ?変わんない。どうしてだろ。ボタン押しても集計が変わんないよ」
慈恩が集計ボタンを押し続ける。しかし集計結果は150対150のまま全く変化しなかった。
あいちゃんが再びマイクを手にする。
「ちょっと待ってください。故障かな?あれれーーー、変だなーーーーーー」
慈恩の様子が変だ。肩が震えている。
笑っていた。
思い通りにならずついにおかしくなったか?
青葉るるの表情に聞き耳を立てる。
こっちも笑っていた。運命に突き放された人間の狂気の笑顔?ではなかった。
あきらかな勝者の笑顔だった。
慈恩が叫ぶ。
「なんてねーーーー。ボタン押し間違えてただけだよ。それ!」
集計掲示板がガタンと音を立てて数値が変化した。
151対149
「勝者、特進α」
あいちゃんのアナウンスが入った。
そんなはずはという顔をしたのは、きららだった。
サーチライトが砂場の神河勇気にあたる。
慈恩が叫ぶ。
「るる、お使いありがとう!」
青葉るるがそれに応えて手を振った。
スポットの当たった神河勇気はきょとんとした表情でこちらを見返していた。
そして、その手に握られたものを掲げて、
「ぼくの赤いスコップみつかったの」
神河勇気が探していた赤いスコップを慈恩が手に入れたが近づけず、青葉るるにお使いを頼んだというストーリーが見えた。
あるいは、もともと慈恩がそれを隠し持っていたのかもしれなかった。
ただ、赤いスコップを握る神河少年の顔は無邪気そのものだった。
きっと、それを手渡されたとき、青葉るるに因果捻じ曲げをちょっといじることを頼まれたのだ。
神河少年はスコップが戻った嬉しさにそれを快諾した。多分ただそれだけだ。
神河少年は、それがきららを裏切ることになり、ひいては星形みいの存亡を決定づけることなど気にもしなかったはずだ。
神河勇気の純心は慈恩によって捻じ曲げられた。
だれが神河少年を責められよう。
特進βの陣地で悲鳴が上がる。
特進生たちがその場から走り逃げて行く。
同時に強大な波動が起こり地響きが鳴る。
積み上げられた机を薙ぎ倒し、尋常でない規模の陽炎が立ち上がりはじめる。
そして最強にして最恐のボーダー京藤くるみが前に進み出た。
「姐さん覚悟」
と言ってデコ木刀を逆手に持つと、背後の虚空を十字に切り裂いた。
「大天使ミカエル」
天使の中の天使、天軍の指揮官、神の形をした大天使長ミカエルの名を冠したボーダー技。
貴賓席の先生やGたちまでもがその場から逃げ出して行く。
観客の生徒たちも、言い知れぬ恐怖を感じてか後じさりにその場からいなくなった。
ガクブルでもきららを支えてくれた騎馬の二人の特進生もついに大将を放棄して逃げてしまった。
残ったのは、きららと〆子、そして俺の3人。
「俺らも逃げた方が」
「どこに?」
〆子の心の声だ。
「あれ出されて勝てたためしないんだど」
きららが言った。
その間にもくるみの背後ではすさまじい光景が展開していた。
十字に切り裂かれた空間の隙間から、まず一対の巨大な羽根が突き出してきた。
その長さゆうに8メートルは超える。
羽根自体は純白だが、いたるところに黒い汁がこびりついていているのはいまG空間から出てきたせいだろう。
ついで、黄金の冠をかぶった頭が。ここにも黒汁。
神々しさのあまり見た者の視力を奪うというその顔が現れた。
しかしそれは予想に反して、高貴さはあるが死人のような青ざめた顔をしていた。
その顔に見覚えがある。
星形みい、その人の顔だった。
前髪から滴らせた黒汁が顔面を伝っていて、閉じた両目がいっそう死人のようだ。
体が現れ出すと、また違う一対の巨大な羽根。
そして右手には金で装飾された長大な黒剣が握られている。
最後にもう一対の羽根、計6枚の羽根を付けた大天使ミカエルがそこに示現した。
見上げる黒汁まみれの大天使ミカエル。
地獄の王にして神の反逆児、大天使ルシファーのようでもあった。
そしてゆっくりと頭上に長剣を振りかぶる。
「どうするの?どうすればいい?ゆいちゃん」
「武器を取って」
きららが腕を虚空に突き入れる。
「あった。でもこれじゃ攻撃できないよ」
「取って」
ぼわ!
取り出したものを見て、きららが叫んだ。
「考えられない。こんなの取れるはずがない!」
きららが取り出したのは何だったのか? それは次回!
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
くるみの最終技は「大天使ミカエル」でした。
くるみのGのお友達が見せたタロットの絵柄に書かれていたのがミカエル。
きっとそこからの連想なのです。
では、星形みいは大天使ミカエルなのかといえば、それは作者にも分かりません。
ちなみに、
『すた・でぃ』のスピンアウト作品『血のないところに血煙はたたない』で
くるみの技を見たオババ吸血鬼が言う。
「なんで吸血鬼が十字架背負ってんの?」は、この技の虚空を十字に切ることを言ってそうです。
次回の更新は
11月29日(日)朝8時
になります。
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今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。
takerunjp
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