さんのに 〆子が熱盛なら、俺はるるだしょ

1/1
前へ
/63ページ
次へ

さんのに 〆子が熱盛なら、俺はるるだしょ

 急がないと〆子が待ってる。 階段昇って、〆子の家のドアの前に……。 玄関ドアの前、〆子はまだ家から出てきていなかった。 「間に合った」 しばらく待って8時ちょうどになった。 ガチャ。 中から出て来たのは、エプロン姿の見知らぬおばさんだった。 手にはゴミ袋を持っている。 おばさんはドアの前に立っている俺をねめつけると、 「なんだいあんた?」 と訝し気に言った。 「僕は条時ショウといって、1号棟に住んでるものです。〆子、いや、ゆいさんは?」 「あ? ゆい? そんな名前の人はこの家にはいないよ」 と言ったのだった。 急ぎすぎて階数を間違えたのかと思った。でもドアの部屋番号は〆子の家のものだ。 間違えていなかった。たしかにここは〆子の家。 「邪魔だね。どっか行っておくれよ」 おばさんはそう言うと、ドアの鍵を閉めて階段に向かって歩いて行った。 おかしい。〆子は何処へ行った。 手すりから下を覗いてみる。 駅前通りに向かうスロープに学園の純白のセラー服が歩いていた。 「〆子!」 あいつ先に行っきやがって。 しかし、俺と手を繋がないでよくあそこまで行けたな。 手を離して一人にしておいたら一日中でもそこから動けけずジッとしているのに。 俺は走った。 〆子の家から知らないおばさんが出て来たことは不問に付す。 今回飛ばされたのが、俺が青葉るると付き合ってると母さんが思っているような、少し歪んだ世界のせいだろうから。 廊下を走り、階段を3段飛びで降りて、スロープを駆けてゆくと、駅前通りで待っている〆子が見えた。 「なんだよ、待つんなら家の前でよかろうに」 そう思って声をかけようとしたら、〆子があらぬ方に手を差し出したのが見えた。 そして俺だけが許された〆子の手を、その〆子の手を握り返した人間が、植え込みの陰から現れた。 俺はその場に立ち止まり思わず叫んだ。 「熱盛! 貴様」 この距離だ。 俺の声が聞えぬはずはないのに〆子とその手を握った熱盛が、知らぬふりをして駅に向かって歩き出した。 俺は二人に追いつき、その握り合った手を断ち切ろうとした。 が、その手が止まった。 二人の会話が聞えたからだ。 「fhskdjfはsghpsdfかsl」 「dsjkhふぁsjfhhg」 G語だった。 〆子と熱盛はG語を話していたのだ。  俺はその場に立ち尽くす。 今度飛ばされた世界はこれまでと何かが根本的に違っている。 第一に、ここでは俺は〆子に必要な人間ではない。 〆子が必要してるのは、いけ好かない熱盛なのだ。 優しくて女子に理解のある俺と、自分のことしか関心のない熱盛。 真逆の人格なのにそれが入れ替わってしまっている。 俺は考えた。 考えに考えて、この状況を打破する方法を絞り出した。 答えはすぐに思い浮かんだ。 それはきららだ。 小野先生の古典の時間、「がしゃどくろ」に飛ばされた時、〆子の他にきららも一緒だった ならば、きららもこっちに来ているはずだ。 とにかく学園へ行こう。 そしてきららに会って現状を説明し、熱盛から〆子を取り返す算段をしなければ。 そう思って、俺は〆子と熱盛の後について駅に向かったのだった。 最寄りの駅から学園に向かう間も、〆子と熱盛はまるで恋人同士のように仲良さげだった。 〆子は俺には絶対しないような、熱盛の肩に頭を乗せて甘えた風にしてたり、熱盛はそんな〆子のあごの下に手を差し入れて、 「dさjでゃkfhさいhf」 なんて囁いたりしてやがる。 〆子も〆子だ。 「dhkl」 なんて返したりしている。 G語はまったくわからないけど、なんか甘ったるい感じなのが許せなかった。 「熱盛! いつか殺す」 と心に念じた。かなり本気だ。 「ショウてば! 待ってよ」 後ろから女子の声がした。 きららかと思って振り向くと、白セーラーのスカートをひらめかせ美少女が駆けて来ていた。 ポニテの髪が左右にゆれている。 その美少女が俺に追いついて二の腕につかまると、 「なんで駅で待っててくれなかったの?」 と息を切らせて言った。 キラキラと煌めくライトブルーと琥珀色のオッドアイが俺をなじるように見つめている。 めっちゃ、きゃわ! これこそ青葉るる。俺の彼女だ。 もう〆子とか熱盛とかどうでもよくなった。 恋人ごっこしたければしてればいい。 俺にはこんなに可愛い青葉るるがいる。 二人で腕を組んだまま歩き出すと、行き交う奴がみんな俺たちに視線を向けてくる。 というか、るるを見る。 それはそうだ。 るるは学校で一番可愛いくて、俺が彼女を射止めたなんて信じられないくらいの人気者だからだ。 陰キャの俺はバレンタインのチョコなんて夢のまた夢、カースト3軍男だった。 ところが、最近運のめぐりが好転して、次々にいいことが起きていた。 まず、モバゲーの100連ガチャでプラチナキャラを2つ引き当てた。 それをSNSにあげたら、5000いいねを貰えた。 フォロワーが一気に1000人増えた。 ツイートすると、クソリプが10倍来るようになった。 殺害予告が、日に3件来るようになった。 アンチこそ人気のバロメーターって言うじゃん。 これで有名人の仲間入りを果たしたと思った。 その勢いで先週青葉るるに告ったら、 「いいよ。付き合おう」 即時OKだった。 その日の母さんのタロットは、大アルカナの10 運命の輪だった。 まさに運命が動き出したのだ。  コンビニに寄る。 自分のために漫画雑誌「ヤング・スペルマール」を、るるのためにコンビニスイーツを買う。 「あたし、これがいい」 と言ってるるが持って来たのは、ホイップクリームましまし抹茶パフェだった。 カップのふたがドームの形をしているやつだ。 チロチロリーン。 コンビニを出る。 るるはここでコンビニスイーツを買って、校門までの間で食べることにしているのだ。 「あれ? スプーン入ってないよ。もらってくる」 るるが店員に文句を言ってスプーンをもらう間、俺は「ヤング・スペルマール」の『裸のランチくん』を飛ばし読みしながら待つ。 『裸のランチくん』は毎回ぶっ飛んだ展開なので、俺の一番のお気にだ。 秒で読んで「ヤング・スペルマール」をカバンに収めるようとした時、 「条時ショウさん?」 と背後で太いかすれ声がした。 振り向くとフード付きの黒パーカーに黒マスクと黒サングラス、黒ジャージに黒スニーカー。 全身黒づくめの男が近づいて来たていた。 いきなり体当たりだ。 よろけながら下腹部に違和感。 黒い男が走り去って行く。 同時に、全身の血が一気に下がってゆく感じがした。 血の気が引くっていうけど、まさにそれ。 立っていられなくなって、その場に膝ごと落ちる。 腹をまさぐると、何やら固い棒状のものが突き刺さっていた。 ぬるっという嫌な感触。 手を見る。 「なんじゃこりゃーーー」 血だらけだった。 アスファルトの上に赤黒い液体がみるみる広がって行く。 「きゃーーーーーー」(棒読み) 叫んだのはるるだった。 そして俺の様をまじまじと見ると、ホイップクリームましまし抹茶パフェをスプーンですくって食べだした。 「暴漢に刺され高校生の条時ショウさん(16)が死亡しました。『みんなに慕われるやさいい人でした。かわいい彼女ができたばっかりだったのに。ちな、あたしのインスタアカウントは……」』(近くにいたオッドアイJKの談)」 俺もネットニュースに載るまでになったか。 なんて言ってる場合ではなかった。 遠のいて行く意識の中で、俺は運を使い果たしたことを悟った。 しかし、持ってた運の総量が、ガチャとSNSのフォロワー数と、チューもせずに終わった彼女だけって。 なんてしけた人生だったんだろう。 そんな余計なことを思いつつ俺は奈落の底へと沈んで行ったのだった。 --------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 まあ、お定まりの異世界転生です。 ショーはこれからどんな世界に行くのでしょうか? 次回からの展開ご期待下さい。 「たしか改稿前はー」というのは忘れて下さい。 次回の更新は来週中に1話分です。 しばらくはゆっくり更新で行かせていただきたいと思います。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 takerunjp 改め 真毒丸タケル
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加