さんのはち あの蛇の正体は?

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さんのはち あの蛇の正体は?

 るると俺は再びるるの家の玄関にいた。 学園の中等部の制服を着た男子が、喪服姿のおばさんと玄関を出て行くところだった。 それを学園のセーラー服を着たるるが見送っていた。 「あれは?」 「お兄。おばあちゃんの家に引き取られるところ」 るるのお兄さんは父親が亡くなっすぐ父親の実家に引き取られたと聞いていた。 「じゃあ、パパはもう?」 「死んだよ」  玄関のドアが閉まると、セーラー服のるるが2階に上がって行った。 るると俺たちもそれを追いかける。 階段横のリビングでるるの母親がソファーに座ってTVをぼうっと見ていた。 るるのママはまだGになっていなかった。 セーラー服のるるは、いつもG母がミシンをギコギコしている廊下の突き当りの部屋へ入って行く。 るるがそれについて行く。 俺もるるについて中に入って、驚いた。 死んだと言った父親が部屋の真ん中に立っていたからだ。 「ずっとね、いたんだよね。死んでからも」 「幽霊?」 「分かんない。マジうざかった」 父親は落ちくぼんだ眼でセーラー服のるるのことをジッと見つめていた。 セーラー服のるるはそれをガン無視して奥の部屋に入っていく。 すると奥の部屋から爆音でクラッシック音楽が響きだした。 すっごい音だ。耳が痛くなる。 とにかくイッヌの俺にはこの音は辛いので、るるの袖を引っ張って外に出た。 「なにあれ?」 るるに聞く。 「チャイコフスキーの『悲愴』。中2だから」 まあ、分からんでもないが。 「曲名じゃなくて」 「頭の中まで聞こえんだよね。ああすると聞こえなくなった」 「何が?」 「パパの暴言」 「何て?」 おおかた予想はついた。 「淫乱女のくせにセーラー服か?! とか」 「きょうはどんなの男を(たら)し込んだんだ? とか」 「いい加減、色気を振り撒くのはやめろ! とか」 やっぱりだ。 「いつまでああだったの?」 「あたしがスキルを手に入れるまで」 つまりボーダーになるまで、るるはずっと父親の暴言に晒されてたってことだ。 気付くと轟音で家じゅうが震えている。 ゆらゆらと家全体が揺れ出した。 なんか違う。爆音のせいじゃないような。 「次ね。いよいよクライマックス!」 「そういうことか」 2階の床が一気に抜けた。 1階のるるの母親がソファーのひじにうつ伏して泣いているのが見えた。 俺たちの眼下に広がるG空間。 再び、るると俺は真下に向かって落ちて行った。  再びあの林の中だった。 夜のようだ。 月明かりが広場を照らしている。 真ん中の木はまだ枯れる前のようで緑の葉を繁茂させている。 葉の影になって分かりにくかったが、その幹がうねうねと蠢いているように見えた。 よく見てみる。 「わんわん!」 思わず吠えてしまった。 イヌの本能がそうさせたのだろう、 蠢いているのではなく太い幹にごん太の蛇体が絡みついていたのだった。 「ついに来た、魔王!」 魔王の頭は茂った葉の中にあるため見えなかった。 「パパさん?」 「あいついなくなったと思ったらこんなところで大蛇になってた」 林の向こうで人の気配がした。 段々近づいて来る。 向こうの林の中から人が現れた。 セーラー服のるるだった。 大蛇に話しかける。 大蛇がそれに反応してそちらに鎌首をもたげて威嚇する。 セーラー服のるるが大蛇に向かって 「噛み殺しなさい!」 何かをけしかけた! いよいよスキルの発動だ! 「きゃわーーーん!」 え? 待って待って。 なんで俺が応えてるの? 俺はるるの想い出について来ただけで、るるの過去には存在しないの! 次元が違うって。 さらにセーラー服のるるがけしかける。 「きゃわわわーーん」 ドタ! 痛った。落っこちた。 ここどこ? 「シャーーーーーー!」 俺の目の前には大蛇が口を目いっぱい開けて迫っていた。 4本の牙が月の光を浴びてヌラヌラと照り輝いている。 俺が戦うの? どういうこと? 「さあ、早く噛み殺しなさい!」 状況が飲み込めてませんが! 「きゃわーーーん(飼い主の言うことは)きゃわーーーん(絶対だからゆるして)きゃわーーーんわん(ください、お父さん)」 そう申し訳をすると俺は大蛇に向かって飛び掛かった。 自分の数倍はある大蛇の頭に向かって大ジャンプだ! 意外に飛べた。 大蛇が大口を閉じてこちらをにらみ返す。 その邪眼が俺を見据えて食い殺さんと狙いを付ける。 俺はその目を見てあることに気付く。 そして攻撃をやめ、そのまま身をひるがえし地面に降り立った。 見上げる大蛇は父親じゃなかった。 初め母親かとも思った。 でも母親の瞳は普通の黒目だ。 今睨みつけている瞳は、キラキラと煌めくライトブルーと琥珀色のオッドアイだった。 「きゃわん(るる)」 魔王の正体はるるだった。  イッヌになって分かったことがある。 それはイッヌの嗅覚についてだ。 イッヌの嗅覚は人間の何億倍っていう。 それは知っていた。 でも、なんでそんなに嗅覚がいいのに、人間と一緒に生活できるんだろうと思っていた。 だって、きつい香水なんか嗅いだら人間だって頭が痛くなる。 それが何億倍で迫ってきたら頭がおかしくなるか死ぬはずだ。 でもそうなっていない。 その理由がイッヌになって分かった。 イッヌの嗅覚は「感度」でなはく「解像度」だからだと。 イッヌの嗅覚は人間の嗅覚の何億倍の「解像度」なのだ。 例えば人間に嗅げているのがゲームボーイの白黒モニタの世界だとすると、イッヌのは4Kとか8Kのゲーミングモニタの世界なのだ。 ゲームボーイなら■でしか表現できないものが、4Kや8Kならば複雑な表情を持つオブジェになる。 イッヌは世界をより細密に見分ける、いや嗅ぎ分けることが出来ている。 他にどんな匂いが混じっていようとも、微かな匂いだろうとも嗅ぎ分けられる。 それは匂いの解像度が高いからだ。  なんでそんなことを言うか。 今回の思い出の旅で俺はイッヌだからこそ分かったことがあるからだ。 最初の玄関でるるは父親に、 「娘のお前も淫乱か?」 と言われた。 野球場の時、 「さすが淫乱女の娘だ。スケベ男が寄ってくる」 と言われた。 それらはトラウマとなって、父親の死後までるるを苛んだ。 でもイッヌの嗅覚があったからこそ、あの大蛇が父親でなくるるだと分かった時、なるほどなと思えたのだった。 --------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 犬だからこそわかること、それがあの蛇の正体が見えたとき納得へと俺を導きます。 次回の更新も月曜の予定です。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 真毒丸タケル
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