さんのきゅう 新たなスキル、鼻を「きかす」で魔王退治

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さんのきゅう 新たなスキル、鼻を「きかす」で魔王退治

 異世界転生したら必ずあることの一つ。 それは、スキルの取得だ。 最強だったり、最低だったり、まったく役に立たなさそうだったり。 それは世界観に合わせて付与され、その状況を一変させるアイテムであることが基本だ。  俺にもいくつかスキルがある。 その全てが耳に関するものだった。 一つ目は、 「聞き耳を立てる」 目に見えない場所にあっても聞こえさえすれば見えるスキルだ。 二つ目は、 「耳を傾ける」 耳を傾けると人や物を思ったところに飛ばすことが出来る。 三つめ目は、 「耳を貸す」 今発動しているスキル。 ボーダーに自分のスタウロライトのピアスを貸すとその人の思い出に同行することができる。 これは現在過去未来といった縦軸の時間に弱いとされるボーダーの自己再認識を手助けする。 ストライパーとしては異色のスキルだ。 ただ、それいる?というややこしいのばかりだった。  異世界転生して俺も、ご多分に漏れず新たなスキルを身に着けた。 今回のはイッヌとして転生したがゆえに身に着けた、まっとうなスキルだった。 それは「鼻をかす」だ。 鼻をクンクンさせると、犬の嗅覚のように数億倍の「解像度」で音をことが出来る。 今度もやはり耳に関するスキルだ。 「シャーーーー!」 「あ、ちょっと待っててね。今皆さんに説明してるところだから」 戦闘中だった。 つまり、俺はどんな状況でもどんな音でも聞き分けることが出来るようになったのだ。 嗅覚で解像度の話をしたが、人の聴覚もまた感度ではなく解像度なのではと思うことがある。 例えば難聴の人だ。 大勢の人がしゃべっていたり、雑音が多い場所だと聞こえないのではなく、聞きづらいという。 話している相手の声はたしかに聞こえているのだが、それが他の音に邪魔をされて認識が困難になる。 つまり聞き分けられない。 子供が保育園でお友達に馴染めない原因が難聴だったという事例もある。 沢山の音でお友達の声が分からずコミュニケーションが取れなくなって孤立化するのだ。 それまではママと一対一で会話していたから分からなかったが、集団生活になって初めて分かるということが多いらしい。 つまり「聞き分けられない」という点から見ると聴覚にも「解像度」の部分があると分かるのだ。 「シャーーーー!」 オッドアイの大蛇がこちらを威嚇してくる。 「こっちへ来い!」 誰かが呼ぶ声がする。 あの遥か遠くから聞こえて来る声だった。 俺は体を急激に引っ張られ大蛇との戦いから引きはがされた。 横滑りしてゆく感覚。 気付くと、るるの思い出が詰まった玄関の外にいた。 玄関は扉が閉まっている。 中で誰かが階段を下りてくる音がする。 そして父親の声。 これは鼻を聞かさなくても聞き取れた。 「るる、救急車が来る。リビングにいなさい」 すぐに玄関が開いて出て来た父親は、外階段のところに座ってずっとうなだれていた。 近づいて来たサイレンの音にも気が付かずに、降りてきた救急隊員に肩をゆすぶられてようやく家の中に戻って行った。 父親がこの時言った言葉をるるはそうは聞かなかった。 いや聞えなかったのだ。 それで、 「娘のお前も淫乱か?」 と誤解していたのだ。 上の階から響いて来る強大な暴力に戦慄していたから。 るるはがっちり耳を塞いでいたから。 るるに聞こえて来たのはきっと、その戦慄が言葉になったものだったのだ。 ということはあの暴言は、るるの誤解だったのか。  再び引っ張られる感覚。 今度は俺は野球場にいた。 オーロラ画面にるるが少年にキスするシーンが映し出されたいた。 大歓声が球場を揺るがしている。 父親がるるに何か言おうとしている。 大歓声の上距離もあるから父親の声は聞こえようもない。 「スキルを使ってみろ」 またあの声が聞えてきた。 俺は鼻をかしてみる。 大歓声に紛れて父親の声がかき消されるなか、超高解像度の俺の耳に届いたのは、 「さすがママの娘だ。かわいかったよ」 だった。 これがるるには、 「さすが淫乱女の娘だ。スケベ男が寄ってくるって」 と聞こえたのだった。 横滑りしたことで、るるが聞えていなかったものを改めて聞くことができた。 これらは全てるるの勘違いだったということなのか? るるが恐れているのは、るるの後付けの記憶なのか? 「ショウっち。騙されないで!」 るるの声だ。 再び足元の階段が外れだした。 これは横滑りの移動の仕方ではない。 「行くよ。ピリオドの向こうへ!」 るるだった。 足元に広がる真っ黒空間。 るるが先にダイブする間際、俺の「しっぽ」をワシ掴みした。 「きゃわんきゃわわーん!(そんなとこ掴んじゃらめー!)」 引きずられて、おれも真っ暗闇の中へ。 「こんどはどこ?」 「保育園」 たくさんの子供が園庭にあふれている。 中に瞳がオッドアイのカワイらしい女の子がいる。 るるだった。 幼いるるはスコップを手にして男の子の上にまたがり、その子のお尻を叩いている。 「あれは、あの子にせがまれたからやってたの」 そうだろうとも。 るるの前に行ったらどんな男でもそうなる。 なんせるるは生まれながらのドSだから。 Sの前に出たらよほどでないとM心を刺激されて服従したくなる。 「るる!やめなさい!」 園庭の垣根の向こうから男の声がした。 るるの父親だった。 「お迎えの時間だったの。この日はなんでかパパが来た」 父親は垣根を乗り越えて園庭に入ると、るるの腕をつかんで男の子の上から引きずり下した。 さらに父親はものすごい剣幕で、 「ママと正反対の悪い子だ!」 としかりつけた。 るるは父親に怯え切って、震えてうずくまってしまっている。 「ママのようでなければ、お前はパパの子じゃない」 父親はるるの小さな肩を掴んで何度も何度もゆすぶった。 それを見かねた保育士が父親のもとに駆け寄って、るるとの間に割って入った。 父親から解放されたるるはその場にコテンと横になって動かなくなった。 気を失ってしまったのだった。 「パパはきっと忘れてる。だから魔王があたしだと思ってる」 るるの心の傷はこの時に父親によって深く刻まれていたのだ。 るるの頬に一筋の涙が伝った。 俺はもう少しで父親のミスリードに乗るところだった。 飼い犬が信じなきゃいけないのは、飼い主だってのに。 俺はるるの顔に鼻先を寄せて、涙をなめようとした。 すると、 ドタ! 痛った。また落っこちた。 今度はどこ? またあの林の中の広場たった。 「シャーーーー!」 オッドアイの大蛇が大口を開けてこちらに迫っていた。 俺は咄嗟にそれを避けて、ジャンプ一閃、ごん太の蛇体にかみついた。 ところが俺の歯は、蛇の肉でなく固い木の幹にかぶりついていたのだった。 そこに大蛇など存在していなかった。 「お父さん、俺は騙されないよ」 俺を引きずり回して、るるが聞えなかった父親の言葉を聞かせたのは、あなたでしょう。 「あなたずるいですよ」 るるの恐れがるるの誤解かのように捻じ曲げようとするなんて。 「あなたに言い訳の余地はない!」 俺は木の幹の洞の中に首を突っ込んで、その中にいる小蛇に牙を剥いた。 その小蛇は父親の顔をして俺を睨みつけて言った。 「魔王はるるの恐怖が作り出した幻影で、その実態はるるそのものなんだ。お前はそれを退治しなければならない」 「違う!」 俺は飼い主に忠誠を誓ったイッヌだ。 だから飼い主のるるを信じる。 るるの誤解が魔王を生んだとする歪んだ意味付けこそが、父親の捏造だ。 「あなたががるるの恐怖の元凶なんです。おとなしく地獄に落ちてください」 俺は飼い主を守るという本来の使命を全うするため、この姑息な小蛇に噛みついた。 俺は咥えた小蛇を洞の中から引きずり出して下草の上に吐き出した。 父親の顔をした小蛇は、血みどろで下草にまみれてのたうち回っている。 苦痛に歪んでいた父親が空に向かって目を剥いた。 次の瞬間、飛んできた何かが小蛇をかっさらった。 木々の隙間をカラスが小蛇を咥えて飛び去って行くのが見えた。 繁茂していた葉がザーーーと音を立てて地面に落ち尽くす。 大木はみるみる精気を失い元の枯れ木となっていった。 もともとそこに魔王などいなかった。 いたのは姑息な小蛇一匹だったのだ。 地面が再び揺れ出した。 広場の端に立つるるが耳からスタウロライトのピアスを外してこちらに放り投げた。 俺はそれをキャッチして、右耳に付け直す。 るるがバイバイしている。 その口元が、 「ショウっち、ありがとう」 そう言ってる気がした。 「きゃわ(さようなら)わんわわん(愛する飼い主)」 淡い色をした下草が薄れ足元にG空間が広がり始めた。 今度は何処へ落とされるのか。 願わくば、殺される前の世界に戻りたい。 俺はそれを強く望んだのだった。 --------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 いよいよ魔王との戦いです。 しかし人の目に見えることと犬の鼻で分かることは大違い。 犬の俺は真実の魔王の姿を見据えます 次回の更新も月曜の予定です。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 真毒丸タケル
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