さんのじゅうに 今度の転生先はけっこう快適かも

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さんのじゅうに 今度の転生先はけっこう快適かも

 俺は元の世界に戻ったと思ったら、異世界に突き落とされて再び青葉るるのイッヌとして転生した。 俺は前回この世界で親父アタマの小蛇を退治した。 そいつがるるのトラウマの正体だと思ったからだ。 だから俺はるるの心を癒やして元の世界に戻ったつもりになったのだが、 それはるるの父親にこの世界から強制退去(BAN)させられただけだった。 俺がこの世界でやり残したこと。 それは、るるの父親に確死(かくし)を入れること。  気づくと、るるの家の二階の廊下でタオルケットにくるまって寝ていた。 ドンガラガッシャーン! 部屋の中から聞こえてくる破壊音。 あれは、るるの父親が母親の浮気現場に踏み込んだ時に小さなるるが聞いた音だ。 廊下から俺は聞き耳を立てて、音がした部屋の中を覗き見る。 薄暗い部屋には勉強机だけがあって、その下にるるは隠れておびえきって泣いていた。 飼い主がピンチだ。 俺は「飼い犬の使命」を発動する。 「飼い主がピンチの時は身を挺して守る」スキル。犬の初期ステータスの一つ。 俺はノブに飛びついて扉を開け、部屋の中に入る。 ギコギコ。ギコギコ。ギコギコ。 部屋の窓際にるるの母親がミシンを踏んでいる姿があった。 窓際にまわって仰ぎ見ると、その顔は真っ黒だった。 この母親はすでにGだ。 母親がるるのハメ技で永遠にミシンを漕がされるようになったのは父親が死んでからのはずだ。 つまりここは父親死後の世界? ガラガラガッシャーン! 奥の部屋から音がする。るるの部屋だ。 俺は隙間に鼻先を突っ込んで、襖をこじ開け中に踊り込んだ。 6畳ほどの部屋は真新しい畳のにおいがしていた。 しんと静まりかえり、父親の姿はなかった。 部屋の隅から鼻をすする音が聞こえる。 「キュン(るる)」 机の下のるるのもとへ駆け寄る。 もちろん尻尾はちぎれんばかりに振っている。イッヌの礼儀としてだ。 「チョコ。おいで」 机の下を鉄の扉のように塞ぐ椅子の間から、巨大な手が伸びて来た。 俺は一瞬怯えたが、その手の匂いを嗅いで安心した。 るるの匂いだった。 そのるるの手は俺の両脇に手を差し込むと軽々と持ち上げて俺の鼻先をるるの顔に近づけた。 そしてるるはそのまま俺に頬ずりをしたのだった。 「チョコ。あたしね、また怖い夢見たの」 俺はるるの顔をなめまわす。 「ふふ、くすぐったいよ」 俺は至福の気持ちになって、うれションしそうになった。 ん? 待て、何かが違う。 そもそも俺はチョコではない。 るるが机の下から出る。 俺はるるにだっこされたままだ。 そのるるは巨大だった。 というか、この世界は巨人の世界のごとく全てがでかかった。 俺が縮んだのか? 自分の手を見る。 その手は人の手でなく獣の前足で、毛だらけだった。 ただ、爪も毛も切りそろえられていてとってもかわいい前足だ。 俺の体を見る。 服は着ていなかったが全裸というのではなく、全身和毛(にこげ)で覆われていた。 ここでようやく思い出した。 この世界の俺は豆柴の子犬、チョコだったのだ。 「チョコ、今日は一緒に寝よ」 といって、襖のない押し入れに俺を運んで行って、上の段に乗せた。 そこにはの布団が敷いてあって、るるの匂いがしていた。 「キャンキャキャーン(わーい、押し入れベッドだ)」 俺は思ってもみなかった幸運に躍り上がった。 ずっとここで寝たいって思っていたんだ(断っておくが変な意味ではないぞ。廊下は風通しが良すぎて鼻がすぐ乾くんだ)。 「キャキャキャーン(押し入れベッド大好き)」 「パパがバイ菌になるからダメっていうけど、パパどうせ帰ってこないから」 るるも押し入れベッドに上がって横になった。 俺はるるの枕元にうずくまっておとなしくする。 るるの手が俺の背中をなでさする。 なんて気持ちいいんだ。 こんなに幸せなことって他にない。 ひょっとしたらここは天国なのか? …… やがて俺は深い眠りに落ちていった。  物音がして、目が覚めた。 隣の部屋からだった。 「もう行くの?」 聞き覚えのある女の人の声だ。 たしか、るるの母親の声。 「旦那さん帰ったらやばいだろ」 男の人の声だ。こっちは知らない人の声。 「あいつは明後日まで出張だって言ったでしょ」 俺は聞き耳を立てて隣の部屋の様子を覗いてみた。 さっきGだったるるの母親は普通にベッドに寝そべって、見知らぬ男の人が身支度するのを見ていた。 「朝までいたらお子さんに見つかっちゃうだろ」 男の人がYシャツのボタンを閉めながら言う。 「平気よ。あの子が学校行くまで隠れてたらいいのよ」 母親が体を起こして、男の人の背中に指を這わせた。母親は裸だった。 「それじゃあ俺が会社に遅刻してしまうよ」 「なら会社休んじゃいなよ。それで一日中エッチしてようよ」 といって、背後から男の人に抱きついた。 「おまえはかわいい顔してとことん淫乱だな、まったく」 男の人は母親を振り払うように立ち上がった。 「……」 ?、覗けなくなったぞ。 るるが俺の頭に手を乗せたせいで耳が塞がれたのだった。 頭をるるに向けるとるるはぱっちりと目を開けていた。 その瞳は空疎な色をして何も見てないないようだった。  るるはしばらくそうやって俺の頭をなでていたけれど、やがて俺の背中に手を乗せたまま目を閉じて寝息を立てだした。 俺の耳には、男の人が家の前の通りを歩き去る姿が映っていた。    今見たるるの母親はGではなかった。 男の話からすると、どうやら父親もまだ生きているようだ。 では、あのドンガラガッシャーンという破壊音は何だったのか? るるは悪い夢を見たと言っていたが。  寝る前に俺が見たものを整理すると、 Gになった母親、父親が浮気現場に踏み込む音。 父親が生きているとすると、それらは全てるるの未来だ。 「淫乱」という言葉。 それはるるのトラウマだった。 言ってみればそれらが凝縮して存在していた。  前回は父親にミスリードされて、魔王をるると勘違いしかけたり、トラウマを払拭したつもりになって勝手に元の世界に帰ったりした。 今度もまた父親にゆがめられたるるの過去を見させられてている可能性がある。 だからこそ俺は慎重に聞き耳を立てて、この世界の真実を見極めなければならない。 そして今度こそるるのトラウマを根こそぎ取り除かねば! と誓うのだった。 ……。 世界で一番無力な「豆柴の子犬」だけれども。 --------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 再びるるの元へもどったショウですが、今度は本当に犬、豆柴の子犬になっていました。これまでとは違うるるの態度に、癒し犬としての使命に目覚めるショウでした。 ご無沙汰していました。すっごいひさしぶりの更新です。 今後は週一で更新していきたいと思いますとか言いながら またもや、ずいぶん間があいてしまいました。 すみません。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 真毒丸タケル
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