さんのじゅうなな 豆柴アイスの行方

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さんのじゅうなな 豆柴アイスの行方

「アイス! アイスどこ行ったの?」 朝、るるがアイスを呼ぶ声で目を覚ました。 「わわわん(どうしたの)?」 「アイスが見当たらないの」 寝床には俺と俺の隣にねているミントだけ、アイスの姿がなかった。 「下に行ったのかな?」 昨晩もるるの父親がいなかったので、俺たち3匹はるるの押し入れベッドで寝ていたのだった。 アイスの匂いを探ると、押し入れベッドの下から部屋の外へ続いていた。 クンクン。 ここまでは元気いっぱいのアイスの匂いだった。 きっと、朝一人で目覚めてはしゃいでいたんだろう。 そのまま匂いはるるの部屋を出てママの部屋を通り、廊下へ出ていた。 廊下の匂いは弾んでいる。 何かいいことがあったみたいにウキウキした気分が残っていた。 そのまま階段を転げるように下りてリビングへ。 リビングでは餌皿で何か食べていたようだった。 俺が食べたことのないおいしそうな匂いのものだ。 こんな時間に餌? いつもなら、るるが3匹一緒にカリカリをくれる。 ちょっと変だ。 それからアイスの匂いはリビングを飛び跳ね回って、キッチンへ。 キッチンの中に入った途端、匂いが不安に変わった。 次いで恐怖。 ここでなにかがあったに違いない。 クンクン。 クンクン。 「わんわんわわん(るるここがあやしい)」 俺がるるに訴えかける。 「わんわああんわん(俺もそう思う)」 ミントも同じだ。 そしてアイスの匂いはそこで途絶えていた。 まるでここでアブダクション(牛がUFOに連れ去られるやつ)が起こったかのようだ。 俺はるるの母親が怪しいと思った。 匂いの途絶えた場所に立っていたから。 「わんわんわん(アイスをどこにやった!)」 ミントも同じだ。 「わんわんわん(ママが犯人だ!)」 「るる。犬をなんとかしなさい!」 るるの母親がいつも以上にイライラとして叫ぶ。 いよいよ怪しい。 「あのチビをあたしがどうかしたっての?」 「わんきゃわん(匂いがここでなくなってるもん)」 「そんなの知らないわよ」 るるのママが俺の声に答えた。 「わんきゃきゃん(ママしかいない)」 「あたしを疑う気なのね」 ミントの声にも反応した。 「「ウー(やってやる)」」 俺とミントは母親と対決する姿勢を示した。 「やる気なのね」 るるの母親が手にした包丁をこちらに向けてきた。 一触即発。キッチンに緊張が走る。 「いいからみんな。行こ」 るるが中に割って入ってその場は収まった。 「「わんわわんきゃん(絶対突き止めてやる)」」 そう言って、俺とミントがるるに付いて二階へ上がろうとしたら、るるの母親が、 「吐いた唾飲まんとけよ!」 と言ったのだった。 そのセリフはアイスの口癖だった。 俺は自分の耳を疑った。 まるでアイスがるるの母親の口を通して言ったようだったから。 そして、改めてるるの母親の顔を見直した。 その顔には目も鼻も口もなく、ただただ真っ黒な空間があるだけだった。 それは全てのものを引きずりこむような黒さで、俺は戦慄を覚えたのだった。  そのころ毎日のように「ニュータウン伝道教会」から人がやって来ていた。 伝道教会から来るのはどれも真っ黒い顔をしたのが1人か2人だ。 るるが小学校に行っていないとき、俺とミントはリビングのゲージの中ではその様子を恐る恐る見ていた。  まず伝道教会の人は家にやってくると、玄関で新しいパンフをるるの母親に渡して10分ほどただそこに立っている。 そして10分丁度経つと家に上がる。 そしてリビングに入ってきて食卓にるるの母親と対面して座る。 それから、二人とも黙ったまま何も話さず、ちょうど2時間が経つと帰って行く。 それでるるの母親が何が変わったかと言えば、男を連れ込まなくなった。 伝道教会の人が来る前は、るるの父親が出張する平日は必ず男と連絡を取っていたが、それをしなくなった。 また父親の実家からの電話に愛想よく応対するようになった。 「慈恩のことならお任せします」 とも、 「お母様のお考えのままに」 とも言った。 それ以前は、慈恩のことに触れるのも嫌がっていたのにだ。 それにつれてるるはお祈りをしなくなった。 例えそれがGであっても、幼いるるにはママが助けてもらったと思っていたのかもしれない。  アイスがこの家のどこかにいる気配はずっとしていた。 しかし、俺もミントもどうしてもアイスを見つけることが出来なかった。 昼寝をしている時、アイスの足音を聞いた気がして目を覚ますと、側を通ったのはるるの母親だったということが何度もあった。 「吐いた唾飲まんとけよ!」 というセリフも何度も聞いた。 俺は、見えない壁の向こうにアイスがいて、そのことを俺とミントに伝えてきてるように感じていた。 ある日、ミントが言った。 「ぼく、アイスに会いに行って来る」 「どうやって?」 「明日の朝見てて」  次の朝、るると押し入れベッドに寝ているとミントが俺を揺すって起こした。 「そろそろだよ」 と言って部屋の入り口に注意を向けた。 すると音もなく襖が開いて、そこから小さなものがコロコロと転がり出てきた。 「あれは?」 「餌だよ。るるの母親が投げ入れたんだ」 「何で分かる」 「毎朝、るるが寝てる時間にああやって俺たちを誘いだそうとする」 「知らなかった」 「アイスはあれに誘われた」 やっぱりアイスはるるの母親に何かされのか。 「ぼくあれにのせられてみる」 「待てミント、何されるか分からないぞ」 気配はするがアイスが生きているという確信は持てていなかったのだ。 「知ってるよ。だからチョコが見届けてるるに教えてほしい」 「なら、俺が行く。ミントがるるに教えろ」 ミントは一瞬迷ったようだった。 しかし、それを振り切って力強く言った。 「チョコにはやることがあるでしょ」 「何だ?」 「るるの心に寄り添うこと」 何でミントがそれを知ってる。 それはチョコになった俺の使命だ。 豆柴の子犬のミントが知るはずないじゃないか。 「なんでそのことを?」 ミントは口ごもったが、 「あなたを呼んだのは僕たちだからだよ」 と言った。 「どういうことだ?」 俺は混乱していた。 「今は説明はなし」 状況が切迫しているから? 「で、俺はどうすれば?」 「見ててくれればいいよ」 と言ってミントは部屋の真ん中に転がった餌に飛びついてそれを口に入れた。 続いて襖の敷居に餌が置かれた。 「じゃあ、行ってくるね」 そういうとミントはそれを口に入れ、部屋から出て行った。 俺は涙が出るのをぐっと抑えて、ミントの後を追ったのだった。 --------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 アイスがいない! いよいよGがこの家に暗い影を落とし始めました。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 真毒丸タケル
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