さんのじゅうはち 久しぶりの知人の来訪

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さんのじゅうはち 久しぶりの知人の来訪

 ミントがるるの部屋を出ていってすぐ俺は後を追いかけた。  餌に釣られたふりをしたミントの先にはるるの母親の姿がある。 ただそれは、顔が真っ黒の黒な存在で本当はるるの母親かどうかさえ分からなかった。 るるの母親は、階段に一段抜かしで餌を置いてミントを誘い、リビングに請じ入れた。 ミントは思いっきり無邪気さを装ってそれについて行く。 「わんわんわわんわん(おいしい餌うれしいな)」 体全体でうれしさを表して飛び跳ねている。 全てるるの母親に見透かされないためだ。 俺はリビングの扉を少し開けたままにして、中の様子を伺うことにした。 るるの母親が「ワンちゃん喜ぶ! 特製ビーフ味」と書かれた袋から餌を掬い、茶色のカリカリでトレーをてんこ盛りにした。 ミントはそれを夢中で食べ始めた。 それがミントの最後の晩餐のようで、俺は目の前が霞んで見ていられなかった。 「わわんきゃん(おいしかった)」 きっとアイスがそうしただろうように、リビングの中をミントが跳ね回っている。 そしてしばらくしてリビングの真ん中で立ち止まると、ちらっと俺の方を見てからキッチンに入っていった。 キッチンにはるるの母親が立っている。 その足下に引っ張られるように近づいて行くミント。 ミントの心の内に不安が芽生えていることが、匂いで伝わってくる。 そして、 「ぎゃん!」 断末魔の声とともにミントの存在がキッチンからかき消えてしまったのだった。 その時の様子はこうだ。 ミントはるるの母親を見上げていた。 次第にるるの母親の周囲に陽炎が立ち、ミントは全身で震え始めた。 ミントは恐怖で足がすくみ動けない。 するとるるの母親の体の中心に裂け目が出来て来た。 次第に裂け目が左右に開き出し、るるの母親の頭から股までが真っ二つになったかと思うと、そこに漆黒の空間が広がった。 そして、 バク! 一瞬でミントを飲み込んでしまった。 俺は恐怖で体がすくんでそこから動けなかった。 その後、母親は何事もなかったかのように朝の支度を始めたのだった。 ミントは己を犠牲にしてるるの母親の所業を俺に見せた。 俺はこのことをるるに知らせなければならなかった。 俺はそっとリビングを後にして、階段に向かった。 足を忍ばせて階段を上り、るるに知らせに向かう。 一足一足慎重に運んで音を立てないように階段を上りきった時、俺の体が宙に浮いた。 「こんな所にもう一匹いたわ」 俺はるるの母親に持ち上げられてしまっていた。 このままでは俺までるるの母親に喰われてしまう。 兄弟達の犠牲が無駄になる。 俺はるるの母親の手から逃れようと必死にもがいたが、るるの母親の馬鹿力が勝って俺は段々息が出来なくなって来た。 絶体絶命。 るるの母親の体から陽炎が立ち始める。 真っ黒の黒の顔なのに、それがにやりと笑ったように見えた瞬間、 バカッ! るるの母親の体が真っ二つに割れ、深黒の空間が目の前に現れた。 「きゃきゃんきゃん(るる助けて)!」 俺は叫んだ。 それはきっと断末魔に聞こえたに違いない。 何故なら一縷の望みもなかったから。 あとは兄弟達と同じく暗黒の世界に引きずり込まれるだけだ。 すごく長い時間が経ったように感じる。 全てがスローモーションで進んでいたのかも知れない。 俺を漆黒の空間に落とさんとする、るるの母親の手の動作がものすごく緩慢だった。 死ぬ時って、きっとこんな感じなんだな。 きっと走馬灯を上演するため十分な時間が必要なんだろう。 でも豆柴の子犬の今の俺には思い出すものなどほとんどなかった。 そうするうち俺の体が急に軽くなって再び宙に浮いた。 俺の体がるるの母親から少しずつ遠のいていって、そのまま廊下の端に着地した。 何が起こったか分からなかった。 あたりを見回した。 分からない。 後ろを振り向いた。 るるが立っていた。 そして、るるの周りには陽炎が揺れていたのだった。 「ママ、ごめんね。本当はこんなことしたくなかったの」 るるはそう言うと母親を指先で誘導して部屋の中に連れて入って行った。 そしてすぐに部屋の中から、 ギコギコギコ という音がし始めたのだった。 俺は部屋に入って何が起こったか見てみた。 そこには、部屋の隅の古いミシンをひたすら漕ぐるるの母親の姿があった。 るるの母親はそこから抜け出ることなど永遠にできないだろう。 それはるるがボーダーのハメ技を自分の母親に使ったことを意味した。 いつの間にか、いや最初からだったのかもしれないが、るるはボーダーになっていたのだ。  その次の夜、父親が帰ってきた。 ミシンを漕ぎ続ける母親を目にしたが何事もないように振る舞っていた。 るるにも何があったかも聞こうとしなかった。 俺には父親の心がこの家のどこにも存在していないように感じた。 朝になると、父親は何も言わずに出て行った。 そしてそのまま二度と帰って来ることはなかった。 こうしてこの家はるるとミシンを漕ぎ続ける母親だけになったのだった。  それからるるは毎夜、母親のために祈り続けた。 そのたびに「なんちゃら教会」が尋ねてきたが、どいつもGばかりで全てるるが追い返した。 るるはそれでも祈ることを止めなかった。  ある日、「教会」でない名刺を差し出した人物がやってきた。 玄関のドアのさらに上に顔があるほどの大男だった。 「相談がおありだと伺って参りました」 るるはその大男のことを追い返さなかった。 「失礼します」 と玄関に入ろうとして、 「いて!」 鴨居に頭をぶつけたのだった。 その仕草が俺の記憶を刺激して、沢山のことを思い出した。 大男はリビングに入るといきなり俺を抱き上げて、 「まあまあ、ショウくん、こんな姿になって」 と俺の頭をもみくちゃにした。 「わんわんわわん(やめろ、なれなれしい)」 すると、 「あれ? 忘れちゃったんですか?」 と言ったのだった。 俺は机の上に置かれた名刺を見た。 そこには「岸田探偵G務所 岸田森林」とあった。 それで完全に思い出した。 この大男は、るると初めて対決した時に力を貸してくれたストライパーだったのだ。 --------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 アイスがいなくなった原因がるるの母親であると目星をつけた豆柴たちは、そのことを証明するために行動に出ます。 まずは、ミントが危険を冒して一匹で母親のもとへ、 そしてそこで何が起きるのかを見届けるため、隠れて見ているチョコこと俺でした。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 真毒丸タケル
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