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さんのじゅうきゅう 5次元生命体Gのこと
るるは最初に岸田森林を母親がいる部屋に連れて行った。
部屋に入るなり岸田森林は、
「これは、見事なハメ技ですね」
と言った。
それを聞いたるるは、小さく鼻を鳴らして
「バカみたい」
と言ったのだった。
部屋を後にしてリビングに戻ると、るるは岸田森林と食卓に対面して座った。
「で、あなたは何をしてくれるの?」
と言った。
「と言いますと?」
「だって、あたしのお祈りを聞いて来たんでしょ」
「あー、なるほど願いを叶えてほしいと」
岸田森林はそう言うと腕組みをして考え込んでしまった。
るるは苛立たし気に、
「あなた天使じゃないの? なら帰ってもらえる?」
と席を立とうとするので、
「まあまあ、そう焦らずに。順を追って説明聞きたくないですか?」
「説明? あなたが来た理由なら知りたくもないわ」
るるは席を立ってリビングの戸口に向かいかけた。
それでも岸田森林は落ち着いた様子で、
「お母さんがなんであんなになったかについてでもですかね?」
と言ったのだった。
するとるるは立ち止まり、食卓に戻って来て、
「あなたは分かる人なの? ママが顔が真っ黒になった理由が」
「はい。大体は」
「なら説明してちょうだい」
こんどはるるが椅子に腰掛けて腕組みをする番だった。
「まずはストライパーとボーダーについての説明からしましょう」
岸田森林は、ストライパーとエントロピーの種のこと、ボーダーとネゲントロピーの雫のこと、それらをめぐる両者の戦いのこと、そして戦いを差配するのがGという存在であることを語って聞かせた。
「Gって何者なの?」
「5次元生命体です」
「5次元人ってこと?」
「勘違いする人が多いけれど、そうではないのです。Gはあくまで5次元とこの世界を繋ぐ触媒のような存在です。5次元人は他にいます」
岸田森林の説明では、ストライパーやボーダーが5次元の力を発現させるためにはGの介在が必要だと言うことだった。
ストライパーのきららが5次元から武器を取り出せるのも、ボーダーのくるみがG空間を切り開いて想像世界の物質を呼び出せるのも、全てGの介在があって出来ることらしい。
「なんでGはあたしに近づいてきたの?」
岸田森林はるるのその質問を受けて、
「祈りというのはGのおやつなんです」
と応えた。続けて、
「5次元とこの世界を行き来できるのは重力だけだと言われています。そしてGは重力そのものだから5次元とこの世界を繋ぐことが出来ます。でもあまり知られていないけれど重力以外に5次元を行き来できるものがあります。それが……」
その後をるるが引き受けて、
「祈りなのね」
と言った。
「そうです。人の祈りは5次元を通して全ての次元に偏在しています」
「だから祈りは未来を変えることもできる」
岸田森林は改めてるるの洞察力に目を見張った。
「そうです。その通りなんです。そして……」
「5次元を行き交う祈りを横取りしてGが食べちゃう。だから祈りはGのおやつ」
岸田森林はただ頷くだけだった。
すこし間を置いて、
「Gが好んで食べる祈りっていうのがあります」
「例えば?」
「大きな祈りです。戦争がなくなりますようにとか、貧困がなくなりますようにとか、男女平等になりますようにとか、子供が死なない世界になりますようにとか」
「そういう願いが全然かなわないのって、Gがたべちゃってたからなんだ」
「だからもっと小さくて細かい具体的な祈りをしなければいけないのです」
そこで突然話が途切れた。
二人は口を閉ざし何か考えている様子もなかった。
天使が通るというのはこういう瞬間をいうが、まさに今このリビングに天使が存在している。
そんな気がした。
岸田森林はもはや何も説明する気がなくなったのか、そのまましばらく沈黙してしまっていた。
するとるるが立ち上がって、
「そういえばあたしこんなことができるの」
と、小口ネギの根っこを水に浸した入れ物をシンクの上の棚から持ってきて食卓に置いた。
そしてその入れ物の上で拳をにぎりしめて力を入れると、拳の中からキラキラ光る液体が滴りだした。
キラキラの液体が当たった小口ネギはたちまち芽吹き出したかと思うと、みるみる大きくなって売り物になるくらいの緑の束になったのだった。
それを見た岸田森林は驚きもせず、
「それがネゲントロピーの雫です。君がボーダーである証拠」
と言って小口ネギの束に触れたのだった。
「あたしはボーダーなの? それはどうして?」
「きっと、君はすばらしい想像力を持っているからでしょう」
「想像力を?」
「君には他者を慈しむ心があります。慈悲心です。それは人の身になってその喜びや希望、苦悩や悔悟に想いを馳せ、それらをを我が身に引き受ける想像力がなければ生まれない心です。きっとその想像力がGを惹きつけたんでしょう」
「あたしの想像力がGを惹きつけた?」
「そうです。君の祈りの声聞いてそれを食べに来ていたGが、君の想像力に気づいて食指を伸ばしたと言えます」
俺はそれを聞いて心の底から納得した。
るるは母親から散々酷い言葉を投げつけられても母親のために祈り続けたのだ。
それはどんなときでも母親の境遇を思いやり慈しむことができたからだ。
そして俺たち3匹はるるのそうした優しい気持ち、あたたかい眼差しを毎日感じて来た。
だから命を掛けてるるを助けたかった。
「それで、あれはママじゃなくてGなんでしょ」
るるが二階を指差した。二階からミシンを漕ぐ音が聞こえていた。
それに耳を側立てながら、岸田森林が頷く。
「なんでママはGになったの?」
そこで岸田森林は言葉を噤んでしまった。
そして何か迷っているような表情をしていた。
「いいから聞かせて。あたし平気だから」
岸田森林はおもむろに口をひらくと、
「思い出したくないことを話すけれど」
と言ったのだった。
るるの喉の奥でぐうっという音がした。
そしてゆっくりとした口調で、
「話してちょうだい」
そして、岸田森林は信じられないことをるるに説明しだしたのだった。
ただ、豆柴の俺には岸田森林の話しの内容がよく分からなかった。
だから俺は岸田森林の話しに出てきた当時のことを豆柴として思い出してみることにする。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
しばらくぶりの更新です。
ルルを尋ねてきたのは素トライパーの岸田森林でした。
彼はるるにるるの周りで何が起こったのかについて説明します。
あと一回で第三章は終わりです。
次はもう少し早めにアップします。
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今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。
真毒丸タケル
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