いちのろく リアルアンドロイドのあいちゃん

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いちのろく リアルアンドロイドのあいちゃん

 3人で打ち合わせを終えて教室に向かう。ホームルームに遅れるときもあるけど、そこは容認されている。 俺と〆子は一般クラスの3年G組。2階の端の教室で、きららは特進クラスの3年α組で3階の反対の端だ。 ちなみにα組には熱盛がいる。あれでいて成績はトップクラスなのだ。  階段で別れ際にきららが、 「じゃあね。2限の終わらせたら行くね」 と言う。 「え? 昼休みでいいよ」 と俺がいいかけると、〆子が俺の手を思いっきり引っ張った。 「なんだよ」 〆子の反応はない。でも心の声ですぐ、 「ったく、わかれそろそろ」 と言った。  教室はすでにホームルームは終わってまったりとした空気になっていた。  俺と〆子の席は教室の一番後ろの端の隅だ。席がここでないと〆子は教室に入ろうともしない。  〆子は授業中も俺の手を握って離さない。利き手で握ってしまうとノートがとれないので左手を繋いでくる。 当然俺は右手を繋ぐことになるのだが、鉛筆とお箸は左にしたので不便はない。 したというのは、小学校入学と同時にもともとは右だったのを〆子のために左に変えたからだ。 これは母さんの命令でもあった。 「イチロー選手だって右打ちから左打ちにしたでしょ」 と言われて、ピンとこなかったけれど納得したのだった。 男の子の心などモース硬度1より柔いとは母さんの言。俺もそう思う。 「よう、ショウ」 前の席の康太が俺にだけ声をかけて来た。〆子のことはちらっと見るだけだ。 いつだったか理由を聞いたら、 「にらまれたから」 だそうだ。確かに、〆子は心を許した人以外に話しかけられると睨む癖がある。 目線の角度とか光の当たり具合でそう見えるだけで誤解だよと言いたいが、 〆子は心の声で、 「絡んでくんな、3軍」 と言ってるから、そのまんまの表情なのだった。 康太が、 「昨日のマッチやばかったな」 と喰い気味で話しかけてくる。 康太はオンラインゲームのフレンドなのだ。 今二人は、世界的に大流行しているTPSバトロワにはまっている。 参加者100人のうちで生き残り1人または1PTを決めるゲームだ。 マッチとは、そのゲーム内で行われる試合の1単位のことで、およそ15分から20分で決する。 やばいと言ったのは昨晩康太とマッチをしてて、あのマクマクソンに偶然会ったこと。 あっちはソロデュオで一人、俺たちは二人なのにタイマンになるかならないかで瞬殺された。 反撃したが、わずかに1発当たっただけだった。 あたりまえだ。高IQのムーブ、目の覚めるようなエイム。 猛者の中の猛者、最強ゲーム実況者ファンタジスタ・マクマクソンだ。 それでもマクマクソンとやりあったことは拡散レベルだ。3か月は。 俺の胸にもその興奮はいまだに残っているから康太の気持ちは痛いほどわかる。 だが俺は、 「ああ」 とそれを受け流す。〆子が渋い顔をしているから。 実は〆子は俺がゲームするのが好きではないようなのだ。 「だからクラス底辺なんだ」 と思っている。 「今日もやるだろ」 そんなことにはお構いなしに、康太がゲームの話を続けようとした時、 1限目のあいちゃんが教室に入ってきた。 全男子生徒と4割の女子生徒の視線が教壇に集中する。 あいちゃん、御室(おむろ) 藍先生。情報担当だ。 高身長でモデル体型。黒髪のボブに黒のタイトワンピ。靴は必ずピンヒールだ。 この学園に男子など存在しないとでも思っているのか、いつも過剰に挑発的なスタイルで教鞭をふるう。 20代後半。独身、彼氏のうわさもない。 趣味はウィキペディアの執筆。かなりコアなメンバーで、あいちゃんが書いた記事は、大概の人が目にしたことがあるものばかりという。 日本語、中国語、韓国語、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語すべてを自分一人で担当するらしい。 夜な夜なウィキ執筆のためPCにへばりついているのか、あいちゃんの目はいつも充血している。まあ、それだけ目利きということだろう。なんてね。 そんなあいちゃんの授業は他の先生と全然違う。 まず、10枚ほどのレジュメを全員に配る。 そして教壇に立つと、ジッと虚空の一点を見つめ、 そのまま50分間、よどみなくレジュメの解説を行うのだ。何も見ないで。 そんな全てが完璧なあいちゃんのあだ名は、 リアルアンドロイド。 振る舞いがアンドロイドっぽいところと、銀髪にすればゲームのあのキャラにそっくりだからだ。 残念ながらコスプレの趣味はないらしいが。 で、肝心のレジュメの内容はというと、母さん曰く、 「博士論文レベル」 だそうだ。プロのリケジョが言うのだから間違いない。  今日もさっそくレジュメを配る。 あいちゃんが目の前に来ると、一番前の列の男子のほとんどが、 そのこぼれんばかりのエロスに硬直状態になる。 レジュメを配る度にけだるそうに吐息をつく。 「はぁ」 その吐息に男子生徒はおろか女子生徒まで骨抜きだ。 あいちゃんはといえば、そんなの全く眼中にない。カビパラに餌でもやるようなそっけなさだ。 あいちゃんがさっさとレジュメを配り終わり教壇に戻ろうとした時、 男子生徒からどよめきが、女生徒からは小さな悲鳴が起こった。 あいちゃんのワンピの背中が、腰までのシースルーだったのだ。 康太が机に突っ伏して、 「やっべ」 と言っている。 俺は〆子の最大握力に必死になって耐える。 教室のざわつきがなかなか収まらない中、 やっと回ってきた今日のレジュメは、DVDやBlu-rayなどストレージについてだった。 「人類が使用してきた記録媒体で耐用年数が一番長いのは石刻文字である。 その他の後世発明の記憶媒体のほとんどは1000年を超えることはできない」 とこんな具合だ。DVDやBlu-rayでは記憶媒体としては不十分と言いたいらしい。 そういえば父さんがVHSビデオで撮った俺の成長記録など、 デッキが壊れてしまい今じゃ見ることすらできない。  あいちゃんの解説に合わせて朝の教室をゆっくりと時間が流れてゆく。 〆子がまっすぐ前を向いて授業を聞いている。 その瞳は今朝見たのとは変わって、ほんのりと輝いていて蛍石のようだ。 美しいと思う。〆子のそういう日常の表情が俺は大好きだ。 でも、この瞬間はすぐに失われてしまう。しかたのないことだけど。 もしこの一瞬のすべてを記録できるとしたら、 いったいどれくらいのストレージ容量が必要になるのだろう。 何億、何兆、何京バイト? 「、、、これらの情報をDNAに記録することが出来たなら、 人類滅亡後もその成果物を後世に伝えることが出来るだろう」 DNAを記憶媒体にするなどとSFめいたことを言ったが、 人類がいないのにその成果になんの意味があるかとも思う。 「ただ、残念なことに、現在では長い小説をDNAに落とし込む等、容量を利用するのみの単純な使用しかできていない。いずれそれがその機能まで記憶させることができたなら、それはおそらく記憶媒体のシンギュラリティーとなるだろう」 レジュメの解説が終わり、あいちゃんが沈黙したまま動かなくなってすぐ、 終業のベルが鳴った。 「ふん」 〆子の鼻息が荒い。授業が面白かった時にする癖だ。何に興味を持ったのか 俺には分からないが案外最後のDNAかもしれない。 中学の時にメンデルの法則(おしべだめしべだってやつ)の授業で 「ふん、ふん、ふん」 と「ふん」が止まらなかったことがあったから。 しばらくしてあいちゃんが教室を出ていった。 廊下からは、他クラスの男子生徒たちの歓喜の雄叫びが聞えてきた。 ------------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 あいちゃんは今後いろんなところできららに絡んでくるキャラです。 何故でしょう。はい、正解です。 もしよろしければお気軽に感想、レビュー等お寄せいただけるとうれしいです。 またスター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 次の公開は 10月3日(土)AM8時 です。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 takerunjp
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