いちのはち 夢は武器装備デザイナーの康太

1/1

26人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ

いちのはち 夢は武器装備デザイナーの康太

何か聞こえたような。 2限は現国の時間だった。 授業自体はいつものように音読と解説で過ぎたのだけど、 なんか、廊下の方から、 「ぼわ」 って聞こえた。音なのか風圧なのか。 気のせいかとスルーしていたら、また廊下の方から 「ぼわ」 だ。 康太はノートに何か描くのに夢中で気づいてないだけか。 「ぼわ」 まただ。今のに康太は反応しなかった。他の奴も同じく。 〆子はどうか。横を見ると正面を向いたまま目をつむっている。 心の声は聞こえない。でも、寝てるのではない。あの物語を語っていない。 「ぼわ」 と他に聞こえないように小さい声で言ってみた。 すると、〆子の手にほんの少し力が入った。 やっぱり何か感じてるんだ。俺だけじゃない。 耳を澄ます。「ぼわ」が来るのを待つ。 「ぼわ」 廊下の方、少しその先が見えた。階段の方から廊下を渡ってきたのが分かった。 「ぼわ」 今度は、階段から降りて来たのが見えた。 「ぼわ」 さらに3階の廊下を。 「ぼわ」 廊下の突き当り。αクラスからだ。 きららのことを恋想(おも)った。 見境なしの性欲野郎か! ちがう、ちがう。ただ思い浮かべただけだ。 ・・・・今のは〆子? いやそんなはずはない。悲しき一人突込みだ。 それから「ぼわ」は5分ぐらいに一度聞こえてきた。 しかし、その後も〆子は微動だにしなかったので、結局すべて無視することにした。 2限終了のチャイムが鳴る。 〆子を見るといつの間にか目を開けて、前方のドアのほうに視線を向けていた。 そこにきららが現れたのは、現国の先生が教室を出るより早かった。 教室に飛び込むよう入ると〆子の席まで駆け寄って来て、 「ゆいちゃん。助かった。ありがとう」 と言って、座ったままの〆子に抱き着いた。 「ふん」 抱きしめられながら、〆子は満面の笑みを浮かべ、そして、 すこし涙目になっていた。 俺は、きららと〆子の間の1限後のやりとりを、経験値0の頭で精一杯想像した。 「ゆいちゃん。ごめんね、急に来ちゃって。助けて」 「ふん」 「ありがと。ほんと、助かる」 「ふん、ふん」 「あとで校売で買って返すね」 「ふん、ふん、ふん」 女子って大変だ。 「ゆいちゃん、借りてくね」 きららが言った。 「え? またなの」 〆子の強めの握力。そして、 「だから、気づけそろそろ」 と心の声。 「どうぞ」 手を繋いで教室を出てゆく二人を見送った。 「今日は大変な日なのかな」 なんて思ったりしながら。 康太が急に振り返って言った。 「ショウ、お前さ。井澤さんと仲いいんだろ」 「そうだが、なにか」 きららと仲がいい、心地よい響きだ。 「井澤さんに聞いてくれないか?」 「俺の聞ける範囲でなら」 「あのガジェットどこで買ったか教えてもらってくれ」 「ガジェットって?」 「今、彼女めっちゃ格好いいガジェット持ってじゃんか」 ガジェットを? そうだったか? 気付かなかった。で、どんなやつを? 「こんなやつだよ。授業中ずっと描いてたんだ」 見せてもらうと、それはごっついプラズマガンのイラストだった。 おいおい、こんなのきららが持ってるわけがないだろ。 またいつもの妄想だ。康太は夢中になると見えないものまで見てしまう。 だが、俺は康太のこうした妄想にリスペクトを感じている。 康太の夢はゲームの武器装備デザイナーになることだ。 それでいつも武器装備のイラストを描いているし、画像投稿サイトで絵師としても名前が通ってたりする。 今見せられたものも、デザイン性の高いSF寄りのプラズマガンで、見惚れるほどの出来だった。 ゲームの武器に夢中になりすぎて”見えちゃった”のかもしれない。よくあることだ。 それに、康太にはマクマクソンのフレンド申請の相談に乗ってもらうつもりだから、恩を着せておくのも悪くない。 「いいよ。聞いて来てやる。その絵貸して」 「頼む」 俺は二人を追いかけて教室を出た。 廊下に出るとすぐ、階段のところで人の渋滞に足止めされている二人を見つけたので声をかけようとした。 が、俺はきららの右腕を見て驚愕した。 きららの右腕はプラズマガンを持っているようには見えなかったが、たしかに普通ではなかった。 俺が見たのは、きららの肘から先が漆黒の黒に染まり、ねじれながらすぼんで、 そこから墨汁より黒い液汁が滴っている様子だった。 〆子! どうして咄嗟にそんな行動をとったのか分からない。 本来ならきららの腕を心配すべきなのに、まず〆子の危険を回避すべきと思った。 俺は猛ダッシしてし二人に追いつくと、〆子を引き離して、 きららの二の腕をつかみねじり上げた。 「いたい、いたい!」 「きらら、お前、この腕は」 「ショウくん? いたいよ、放して」 俺のワイシャツの裾を〆子が思いっきり引っ張る力に耐えながら、きららを糾弾しようとした。 すると、 「放してあげて」 〆子の声がいつもより優しく響いてきた。 それは母親が駄々をこねる子供を、いとしさを込めてなだめる時のような声だった。 俺はきららの二の腕を静かに放した。 きららの顔は驚きの表情のまま固まっている。 きららの腕を見ると、漆黒の肌も黒い液汁もなく、いつもの白くしなやかで美しい腕に戻っていた。 二の腕の赤い掴み跡以外は。 「ごめん。俺・・・・」 腕をさすりながらきららが俺をねめつけて言った。 「ショウくん。一緒に部室来て」 俺の高校生活最大の危機が来た。 ------------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 高校男子なんぞ、女子への理解なんてこんなもんです。 どうかゆるしてやってください。 もしよろしければお気軽に感想、レビュー等お寄せいただけるとうれしいです。 またスター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 次回の公開は 10月6日(火)PM8時 です。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 takerunjp
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加