にのに 〆子、高校デビューする

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にのに 〆子、高校デビューする

時間より少し早めに〆子の家の玄関に着いた。 はたして〆子も飛ばされたのか。 ひと月前の昨日、〆子はアホ毛をつんつんさせて出て来て、 それを俺が指摘すると、相当気にしたようで一日中頭を手で押さえてたっけ。 今日はそんなこと気にしてないよーってふりしてやろう。 ギー。 白いセーラー服が「昨日」より眩しく見えるのは、衣替えして間がないせいかもしれなかった。 でもなんかスカートが短すぎるような。 「おは」 で、アホ毛はっと。 「えーーーーーーーーーー!」 金髪だった。〆子は金髪になっていた。まるでヤンキーのようだ。 「あんだ? 文句あんのか?」 〆子の心の声もヤンキーになってる。 昨日言ったこと気にしてだったりしないよね。 「なんで金髪?」 「シャバい髪色してたら舐められんだろ」 心の声が言う。 「誰に?」 「奴らに」 「Gに?」 沈黙。さらに心の声が聞えた。 「ショウに今言ってもな」 どうやら深い事情があるらしかった。 しかし、どんなに思い出しても6月に〆子が金髪にした記憶はなかった。 パラレルワールド。 そうか、ここは「昨日」とは違う時間軸の世界なのかもしれない。 ならば〆子はここに飛ばされなかったということか。 「とりあえず。学校行こう」 と俺が手を差し出すと〆子は握り返し、 「1か月ぶりの6月7日だな」 と言った。 「え?」 「よくあることだ」 やっぱり〆子は飛ばされてきていた。 俺は〆子と商店街を地下鉄に向かって歩いてゆく。 「あんた、その髪どうしたの?」 コンビニの前の掃除をしていたおばちゃんが、〆子の頭を見てびっくりしていた。 ということは、この世界では昨日はしてなかったってことか。 こっちに飛ばされてきてから染めたなら、高校デビューのつもり? だが〆子よ、高校デビューは普通、入学時だ。 3年の6月じゃ遅すぎだって。 地下鉄駅のフォームに降りて電車を待った。 〆子の心の声が言う。 「飛ばされた先よ。どこだと?」 「昨日」俺が崇徳院の殺人光線から二人を逃がすために飛ばした先のことを言ってる。 「俺は『思いっきり遠くへ』って」 「トイレだ」 2階のトイレは俺たちの教室の目の前にあった。 「じゃあ、俺が光に飲み込まれてすぐに?」 「3分、もたなかった」 「きららも」 「おそらくは」 「ごめん」 「しかたない。閏6月楽しめ」 閏月か。 【問3 太陰暦では時の調整に月を加える。これを何と言うか。答えなさい】 この間の中間テストの古典の問題。答えが出て来なくておもいっきり×くらった。 小野の奴に。くっそ。 不思議と中間の問題が鮮明に思い出されたのは、 「昨日」の影響か、それとも「今日」の俺が1か月前の俺だからだろうか。 電車が駅に入ってきた。 高校デビューしたとて、〆子の乗る位置は最後尾の後ろの端っこだった。 変わったのは、髪の色と心の言葉遣いだけ。 そのまま何事もなく、学園最寄りの駅までゆき、何事もなく通学路を歩き、何事もなく校門前のスロープを上る。 一か月前にはなんとも思わなかったけど、あきらかに門の前には中根さんがいた。 でっかいダンボ耳して挨拶マシーンと化している。 でも「昨日」とはうって変わって、パステルカラーミントでかわいい感じになっていた。 そうだったんだ。このころから既に中根さんって俺たちに聞き耳を立ててたんだ。 改めて自分の置かれた世界の危うさを知った。 部室へ行くと、既にきららが待っていた。 〆子を見るなり飛びついてきて、 「無事だったー。よかったー」 と言った。 「いつ戻ったの?」 「今、ここ」 そういえば、きららの顔はやつれて見えた。 「なんかおおざっぱなんだね」 俺と〆子は昨晩らしく、きららは半日遅れでこっちへ来た。 「うん。おおよそで飛ばされる」 「でも、あいちゃんの時は、みんな一緒にお弁当前に」 「あー、あれは時間が近かったからじゃないかな。今回はえっと」 「ひと月」 と〆子の心の声。 「そっか、長旅でそんな髪になったんだね」 きららが〆子の髪に気付いて言った。 「違う」 と即答する〆子。 きららが戸惑った表情で俺を見るので、 「高校デビュー」 小声で教えた。 「そっか。ゆいちゃんらしいね」 なにが〆子らしいのか分からなかったが、そういうことにしておく。 「いつもは小野先生って、チョーク飛ばすだけのしょぼい相手だったのに、何で急にあんなになったんだろう」 きららが腕組みをして言った。 魔王崇徳院の破壊力はすさまじく、俺たちがいなくなってからきららも気力を立て直し踏ん張ったが、学園領域を全消滅されて一貫の終わりだったそうだ。 「重力場が変だったから?」 俺の知りうる最大限の知識をひけらかす。 「あれは結果だから、もっと前のおそらく、今はえっと」 「6月7日」 「あ、あたしのお誕生日までひと月を切りましたー。今度こそ18才を迎えられますように」 〆子とハイタッチする。そしてきららが、 「今月中に何かの回転があったとみた」 「回転って?」 「エントロピーって、あたしたちが戦うことで狂わせた時間を強引にゆり戻そうとする時があって、それを回転て呼んでるの」 「例えばどんなこと?」 「例えば、ずっと会ってた人と突然会えなくなったとか、毎朝道を横切るのが黒猫から三毛猫に変わったとか。小さなことでは。あ、繰り返しの中でね。その大きいのが、天災とか戦争だって言われてる」 「天災とか戦争?」 「めっちゃ時間に歪みが溜まると、エントロピーが『全部無し!』みたいにガラガラポンしちゃう」 「6月にそんなでっかいのなかったような」 「ま、大概は些細なことだけどね」 俺は、〆子の金色になった髪を見た。 きららが言う。 「それは、違うかな」 ------------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 〆子には〆子の理由がちゃんとあるのです。 でも、学校に金髪って。 もしよろしければお気軽に感想、レビュー等お寄せいただけるとうれしいです。 またスター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 takerunjp
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