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にのきゅう 〆子と俺、くるみとゲーセンで遊ぶ
また〆子がそわそわしだした。
今は、月末に鉱石研究会で行く採集旅行の打ち合わせ中なのに。
行き先を決めるのはレジャー係の最上級生、3年は一人しかいないから
一応〆子が主役なんだけど。
時間は変わらないのに部室の時計とスマフォを交互に見始めた。
ついに時計の針が4時を指した時、
「う」
〆子が立ち上がった。リミットが来たのだ。
「ごめん、俺ら帰るから」
と〆子の手を引いて大急ぎで部室を出た。
「・・・によろしくねー」
きららの声が部室の扉の中から聞こえてきた。
〆子と俺は、部室棟の暗い廊下を走り、生徒用玄関で靴を履き替え、校門を抜け、スロープを駆け下りて、猛ダッシュで最寄りの駅へ。
改札を通って、エスカレータなんぞ階段みたいに3段抜かしで降りて地下鉄ホームにまろぶように着くと、
電車は発車した後で、ホームにはその余韻だけが残っていた。
「くっそ。二等兵殿がグズいからだ」
〆子が心の声で言う。
「それは言いがかりじゃないかな。どっちかっていえば、俺の方が出だし早かったもの」
弾む息で抗議すると、
「認める」
意外に素直だった。
前の電車には、くるみが乗っているはずだった。
それに間に合うように出てきたのだったが。
閏6月に入ってからの〆子はすっかりくるみのストーカーになった。
あれから一度も真っ直ぐ帰宅したことはない。
例の「商店街」へ必ず寄って、物陰とか店の片隅とかからくるみの様子をずっと伺っている。
俺は基本〆子のすることに干渉しない良い心がけの付き添い人なのだが、
一度だけ、
「偵察?」
って聞いてみたころ、
「ちが!」
と軽く否定された。
なんだろ。
で、今日は出鼻をくじかれた形での追跡になったわけだが、そんなに焦ってはいない。
というのも、くるみの「商店街」での行動は、ほぼルーティン化してるのでルートをたどれば必ず見つけることが出来るからだ。
まず、コンビニの前でバカとチンカスがのされていればその日はゴロ巻きの日。
ゴロ巻き跡を追えばくるみが連勝街道をぶっ飛ばしているのに追いつける。
コンビニうんこずわり団が平和なボケ面かましてアイス食べてたら、その日はクールダウンの日。
くるみがよく行く店を経めぐれば必ず会える。
で、今日はコンビニうんこずわり団がアイス食べてたから、脇道を入ってすぐの純喫茶を確認しに来た。
くるみはそこで必ずホットケーキを食べる。
きつね色に焼けた、一枚の厚さ3cmのホットケーキ(断じてパンケーキではない)を2段重ねにして、
バターをべとべとに塗りたくり、上からどぼどぼと皿にあふれるほどメープルシロップをかけて食べるのが日課だ。
カランカランカラン
ミニカウベルが鳴るドアを開けて店内を覗いたが、くるみは既に出た後だったらしく、
いつもの席にはメープルシロップがこぼれ出している皿とマイセンのコーヒーカップだけが残されてあった。
次に行くのは、表通りの本屋さんだ。
ここで必ずヤンキーのバイブル『チャンプロード』を立ち読みする。
特にレディースページがお気に入りのようで、
「やっべ、この子はくいな」
とか言って舐めるように見ていたりする。
自動ドアを入ると、凍えるくらい冷房が効いた店内にまばらに人はいたが、右手奥の雑誌コーナーにくるみはいなかった。
一応『チャンプロード』を確認してみると、レディースページが破り取られてあって、
やっぱりここにもくるみが立ち寄った形跡が残されていた。
次は、
「ゲーセン」
〆子が俺を急かしてくる。くるみよりゲームがしたいっぽい。
そのゲーセンは、牛丼屋の角を入った細い路地の突き当りにあって、
店名は名前を言ってはいけないあのネズミと同じだ。
令和じゃ絶対にありえないだろ。でもここでは事実なんだ。
〆子はこのゲーセンがお気に入りで、くるみがいてもいなくても必ずゲームをする。
〆子は「ゼビウス」とかいう縦スクロールシューターの宇宙船をやっつけるゲームが得意だ。
てーてててーててけてけてけてー、ピロピロピロピロ。
という音楽が耳に残るやつ。
俺は〆子に付き合って「バーガータイム」を少しやる。
ピクルスとかソーセージとかの具材に邪魔されながらハンバーガーを仕上げるゲーム。
結構得意で、この間なんて最高得点の20万点をたたき出した。すごくない?
え?そんなゲーム知らんて?
店に入るとスロープが続き、洞窟の中の闘技場のような空間が広がっていた。
斜面に無理無理作ったせいか、奥の7割ほどの空間が舞台状のホールになっていて、そこにアーケードゲームが十数台並べてある。
その、一番入口に近い、入ってきた人間をすぐ識別できる場所にいつもくるみは陣取っている。
「おう、ゆい」
めずらしく、くるみが声を掛けて来た。
いつもならくるみが日常を過ごしているなかに、〆子と俺がお邪魔させてもらってる感じで、話しかけも、かけられもしないのだったが。
くるみがやっているゲームは、横スクロールシューターの「グラディウス」。
「この弾幕がたまんねーよ」
とか言いながら、50円で延々とプレイしている。やられないから終わらないのだ。
「こっちきなよ」
〆子を呼んだ。
「オプションくんも来な」
オプションくんて、「グラディウス」の自機についてくるやつーー。
ほぼ間違いないけど。
くるみは〆子と俺に偽ビロードの椅子をすすめると、
「ちょっと待ってな」
と言って再び「グラディウス」に向かった。
それからおよそ1時間プレイし続け、ようやくくるみは立ち上がった。
画面を見ると、ブルースクリーンになっていて、そこに
「GIVE UP」
と大きく出ていた。こんな仕様だったの?
「じゃあ、お二人さんちょっと耳貸してくれ」
と、舞台から軽やかに飛び降りた。
カツアゲの常套句だが、くるみの言葉は優しげだった。
〆子と俺は急いでくるみを追いかける。
くるみは足が速く見失うことが度々だからだ。
だが、今日のくるみは店の外で待っていてくれた。
「すぐそこなんだ。うち」
え? 家におよばれすんの?
そんななら暇こいた1時間でなんか買っときゃよかった。
「気にすんな。くるみは気にしない」
〆子の心の声が言った。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今回はくるみの日常を描いてみました。
80年代色の濃い環境にいるみたいです。
ホットケーキ。いつのまにかパンケーキに名称変えて薄くなってしまいました。
ヤンキーはチャンプロードを食い入るように見るといいます。きっと彼らの主食だったんだと思います。
ゼビウス、グラディウスはシューティングゲームの画期を作った名作です。ご存じの方も多いのでは?
次回の更新は
11月05日(木)20時
になります。
ご期待ください。
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今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。
takerunjp
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